第34話 ゴブリン軍掃討戦・前半(女神暦1567年5月1日/ピゾナ)

 眼下で広がる殺戮を鋭く睨みながら、俺とアールタを乗せた絨毯は、ピゾナの町へと肉薄する。

 駐屯していた常駐軍も懸命にゴブリンの軍勢を押し返そうと、勇猛果敢に立ち向かっていくが、幼い子供の身長程度しかないゴブリン達はその矮躯わいくを活かした俊敏な動きで兵士達の攻撃を掻い潜っていた。

 一体が兵士との剣戟を響かせ鍔迫り合いになると、密かに背後に回り込んだもう一体が後頭部にメイスの一撃を叩き込んで絶命させる。

 形勢が不利だと感じた時は拘泥せずに間合いを取って仕切り直すか、素早い逃げ足で逃走し、また別の場所で狩りを再開する。

 その場の状況や地形を活かした臨機応変な戦い方をゴブリン達は統率の取れた動きで実践していた。

 随分と訓練しているのだろう。

 無駄のない動作で敵を屠る手際の良さは、彼らが何百回と同じ作業を繰り返して体に動きを馴染ませてきたことの証左だ。

 相対すればその熟達した猛攻に苦戦させれらるのは必至。

 だが、彼らを殲滅しなければあの町が滅びるのは必定だ。

 それだけは何としても回避しなければならない。


「アールタ、あの家の屋根の上に下ろしてくれ」


「了解!」


 金属同士が激しくぶつかり合う硬質音や、火災によって家の骨組みとなっていた木々が熱せられて内側から弾け飛ぶ破裂音が辺りにこだまする中、俺はアールタにとある家のオレンジ色の屋根を指差した。

 その周辺の家々は比較的ゴブリン達の攻撃が苛烈なエリアではなく、これから戦場に参戦していく前の下準備を行うにはうってつけの場所だった。

 アールタが指定された場所に絨毯を乗り付けると、俺は即座にそこから降りる。


「それじゃあ、僕は町の外縁に展開しているゴブリン達の防衛網を切り崩しに行ってくるよ」


「ああ、頼む」


「……死んじゃダメだよ、少年」


「少なくとも、ゼルダのお説教を受けるまでは死ねないな。大丈夫さ、策はある。可能な限り被害を最小限に食い止めて見せる」


 互いにコツンと拳をぶつける。

 これから向かうのは死と隣り合わせの戦場だ。

 アルトの村での『従僕せし餓狼ヴァイ・スレール』の戦いでは、ゼルダやカレン、カザン支部の騎士団が援軍として防衛戦に参加してくれた。

 だが、今の俺にはそんな彼女達の後ろ盾は存在していない。

 上空にいるゼルダ達も恐らくはそのまま手をこまねいている訳ではないだろう。

 この町から最も近い基地に救援を呼びに行くか、町の外で逃げ惑う市民を助け出そうと自分達も戦場に立っているのかもしれない。

 少なくとも今も上空から呑気に傍観者に徹していることはないだろう。

 彼女達の動向は不明だが、こちらはこちらにできることを徹底的にやるだけだ。


「さてと、まずは『スキルホルダー』の変更だな」


 首都ライオネットを出立して以降、別段大きな問題もなかったため、『スキルホルダー』にセットされているスキルは非戦闘向きの物が多い。

 これを戦闘向きの組み合わせに再構築する必要があった。

 素早く虚空に指を縦に這わせ、『スキルホルダー』のウィンドウを表示させると、現状で使えそうなスキルを再セットする。

 

1.【透過】(セレスの所有スキル)

2.【感覚切断】(セレスの所有スキル)

3.【自己再生】(フローラの所有スキル)

4.【剣術士の魂】(アールタの所有スキル)

5.【火炎耐性】(アールタの所有スキル)


 【自己再生】スキルは、一定時間ごとに肉体が負った傷を自然治癒していく回復系スキル。

 【剣術士の魂】スキルは、どんな剣の素人でも剣術の達人と同等の剣術の技術を身に付けることができる戦闘系スキル。

 【火炎耐性】スキルは、炎属性の攻撃によるダメージを軽減させるスキルだ。町の所々で火の手が回っている状況では、燃え盛る家屋の側に行くのが必要な場面に遭遇することも多いだろうと思って入れてみた。

 

「『スキルホルダー』のセットはこれで良し。後は『隷属者チェイン』の召喚だな」


 俺がどれだけ町の人々を救いたいと願っても、召喚士単体の戦闘能力はかなり低い。

 『隷属者チェイン』を指揮して戦わせるか、『隷属者チェイン』と融合状態になる『魔装化ユニゾン・タクト』で爆発的な戦闘能力の底上げを行うしか勝機を見い出す方法はない。

 今回の相手は四百体というゴブリンの軍勢だ。

 北の大森林で相対したジルベスターのゴーレム軍団よりも数は多い。


「『魔装化ユニゾン・タクト』だけじゃなくて、もう一人の『隷属者チェイン』のサポートが欲しいな」


 統率の取れた動きと仲間との緻密な連携を駆使した多様な戦術。

 それらを相手にする以上、俺だけではなく俺を補助してくれる存在も欲しいところだ。

 しかし、一度に召喚できる『隷属者チェイン』は三体までという制約があることを忘れてはならない。

 現在召喚しているのは、町の外縁部で戦ってくれているアールタ。そして、アルトの村で留守番をしているフローラとルイーゼだ。

 アールタを魔法陣に戻すのは論外だとして、ひとまずはフローラとルイーゼを魔法陣に戻し、召喚できる『隷属者チェイン』の空きを作るのが先決だ。

 唐突に魔法陣の中に戻されることになって、後々小言を言われるかもしれないが、緊急事態なので今は致し方ないだろう。

 俺はそう自分に言い聞かせると、そっと目を閉じて体内の魔力を高めていく。

 彼女達とこれほどの距離が離れているのは初めてだが、二人と契約した時のパスはしっかりと繋がったままだ。

 それを両手で手繰り寄せるようなイメージを脳内に描写しながら、


「フローラ、ルイーゼを強制帰還!」


 国境を跨いだ遠方の地にいる二人の存在が魔法陣の中に吸い込まれていったのを感じたと同時に、激しい胸の痛みが突然襲い、思わずその場で膝を突く。


「がはっ!? さ、流石にこれだけの距離が離れている場所での魔法陣の遠隔操作は負担がデカいか。だけど、ここでのんびりしてる暇はないんだ」


 息を整える暇も惜しいと感じながら、俺はすぐに召喚の文言を紡ぐ。


「大樹の守護者にて豊穣の女神よ。我が喚び声に応え、その身を現せ! 顕現せよ、フローラ!」


 中央に大輪の花を咲き誇らせる紋様を刻んだ若草色の魔法陣が眼前に展開し、


「白銀の鎖に戒められし幽鬼の王よ。我が喚び声に応え、その身を現せ! 顕現せよ、セレス!」


 鎖で縛り付けられた頭蓋骨が中央に描かれた灰色の魔法陣も出現する。

 若草色の髪をたなびかせながら魔法陣を潜って現れたフローラと、ロングスカートをちょこんと摘まんで折り目正しいお辞儀をして登場したセレスは、苦しそうに息を荒げている俺の姿を見ると、ギョッとした表情に一変し、慌てて俺の側に駆け寄ってきてくれた。


「ちょっと、アレン! いきなり魔法陣に戻されたかと思ってビックリしてたけど、アンタ具合でも悪いの!?」


「旦那様!? お体が優れないのでしょうか!?」


「いや、大丈夫だ。何でもないよ、気にしなくても良い」


 そう言って背中をさすってくれたフローラと、甲斐甲斐しくスカートの中から救急箱を巻き付けた鎖を取り出したセレスに微笑み返すと、二人は渋々引き下がってくれた。

 明らかに心配だ、という気持ちが顔に滲み出ていたが、今は俺の体調なんかを気にしている場合ではない。


「フローラ、セレス。今から簡単に今の状況を説明する。そして、それが終わったら俺に二人の力を貸してほしい」









「殺せ、殺せ! 若い女以外は皆殺しだ!」

「金も女も全て俺達のもんだ!」

「ガロン将軍への献上品も拝借するのを忘れるなよ! 別嬪べっぴんさんや金目の物を見つけたらとりあえず馬車の中に放り込んでおけ!」


 瓦礫の下敷きになってもがいていた騎士の喉元を掻き切った鉄剣を鞘に戻しながら、ゴブリン軍の副隊長は無残に破壊された町の姿を満足げに見渡す。

 抵抗する者は当然殺し、醜く命乞いをした者も殺した。

 町の主要な箇所には既に同胞達が侵攻済みで、この町はほぼ陥落したと判断していい。

 襲撃前に町の中に数名の斥候を放ち、伯爵領自慢の翼竜ワイバーンが飼育されている竜舎に気体状の睡眠薬を流し込んだ後に火を放ち、翼竜を一体残らず焼殺して空へ逃れる手段は早々に潰すことに成功した。

 町の外縁を包囲する部隊にはギルドの中でも特段に足の速い者を組み込み、町の連中が異変に気付いた時には既に包囲網を構築することもできた。

 内側にも外側にも、そして上にもどこにも逃げ場所がなく半狂乱になった者達の悲鳴と断末魔がそこかしこから響いてきて非常に心地良い。

 逃げ惑う町娘達も続々と馬車の中に放り込まれていき、逃げ出そうとした娘の何人かを見せしめとして首を刎ねてからは馬車の中で震え続けるだけになった娘達の恐怖で強張った表情も中々胸を痺れさせてくれた。

 落城させた砦に連れ帰ってからは様々な使い道があるだろう。

 裸に剥いた女共をたっぷりと味わう瞬間を想像するだけで、体中が熱くなってくる。


「副隊長! ご報告があります!」


「何だというのだ、騒々しい」


 脳内で思い浮かべていた快楽に満ち溢れた猥らな光景に水を差され、自然と険のある声が漏れ出す。


「町の中に散開していた我が軍の兵士達が続々と何者かの襲撃を受け、落命しているようなのです!」


「馬鹿なことを言うな! この町の常駐軍もほとんどが我らが殺し尽くされほぼ虫の息の筈だ!」


「で、ですが、町の各所に配備しておいた連絡要員からの定時報告も途絶し、僅かに逃げ延びてきた兵士達の報告では既に市中で戦っている兵士の約半分以上が殺害されたとのことです!」


「は、半分だと!? ふ、ふざけるな! それほどまでに戦況をひっくり返すことができるだけの兵力は敵軍には最早ない筈だ! 相手の具体的な戦力や人数は分かっているのか!?」


「そ、それが……二人です」


「……何だと」


「敵の具体的な数は、二人で……」


 そこまで言った瞬間に、泡を食って報告に来た兵士の首を落とした。

 唖然とした表情を浮かべて大口を開ける部下の死体を憤慨して蹴りつけると、


「何が二人だ! くだらん妄言を垂れ流しおって! たかが二人でこの絶対的不利な形勢を逆転できる訳が……」


 その瞬間、側頭部に鈍い痛みが唐突に響いたかと思うと、己の意識が一瞬で暗転していったのを朧げに感じたところで、全ての感覚が遮断された。








 荒々しい悪態をついて激昂していたゴブリンの横っ面を殴り飛ばし、その体が錐揉みしながら吹っ飛んでいったのを尻目に、俺は怒声と悲鳴が混ざり合った場所を探して再び疾走する。

 石畳みの道に四散した瓦礫や、体の至る所から出血して事切れている騎士や市民の遺体を避けながら通りを疾駆する俺の背中を、崩落した家屋から噴出してきた砂煙を面倒臭げに払うセレスが追いかけてくる。


「お見事です、旦那様」


「セレスがこの町の死者の魂の声に耳を傾けてくれているおかげで、敵がどの場所にいるかが簡単に把握できて、敵を探す手間が省けて助かるよ」


「ゴブリン達による理不尽な虐殺によって命を落とした者達の魂が町中に溢れています。家族を、娘を、友人を、恋人を、今も何とか必死に生き延びている者達を助けてほしいと叫ぶ彼らの声を聞き取り、彼らが指差す場所に敵はいる筈です」


「ああ、そのおかげでかなりの数のゴブリンを倒すことができた」


 普段はお淑やかで、家事全般も何でもパーフェクトにこなすハイスペックメイドのセレスだが、彼女の正体は最上級アンデッドであるリッチーだ。

 この世に未練を残して彷徨い続ける死者の魂を視認し、また彼らの悲嘆や憤怒に満ちた怨嗟の声も聞き取ることができる。

 この能力は固有スキルではなく、種族固有の力として備わったものなので、死者との交信は『スキルホルダー』の能力でコピーすることは不可能だ。

 なので、セレスをサポート役に据え、俺はフローラとの『魔装化ユニゾン・タクト』を選択した。

 だが、今の俺の姿はゲルグの屋敷でガイオンと戦った時の物とは別物になっている。

 若草色に変化した髪の色はそのままだが、全身を包んでいるのは以前のローブではなく純白の軽装鎧だ。

 鋼よりも硬質な樹皮を持つ『神々の花園』原産の樹木を原料に製造された木製の鎧で、ゴブリン達の剣や弓矢を受けても擦過傷一つこしらえることもなく、非常に軽い材質なので軽快なフットワークを行うことも可能だ。

 そして、先程のゴブリンを撃破したのは鎧と同じ材料を使って鍛え上げられた白色の木刀だ。

 『神々の花園』の奥地に密かに湧いている泉の霊水で清められたことで神聖を帯びた霊刀で、邪悪な心を持つ者に対しては一撃の威力が底上げされる能力を有している。

 本来であれば、樹属性の魔法攻撃を得意とする魔導士職の装備になるのがデフォルトだ。

 しかし、『スキルホルダー』に【剣術士の魂】等の特定の武器の扱いに非常に長けるようになるスキルをセットすれば、このようにそのスキルの真価を存分に発揮できるように適応した装備を纏うことも可能となる。

 『スキルホルダー』を上手く活用することによって、『魔装化ユニゾン・タクト』を使用した際の戦い方も大きく変化する。

 これが、状況に応じた戦術の切り替えが可能な召喚士というジョブの最強のアドバンテージだと俺は自負している。

 この能力を上手に使い分けていけば、並の相手なら刃も立たない程の力で敵を蹂躙することも容易となる。

 今回のゴブリン軍の実力であれば、こちらが敗北する可能性は万に一つもないだろう。


「だけど油断は禁物だよな。思い上がらず、慎重にいこう」


 そう呟くと、俺は次の戦場に向かって更に速度を上げた。








 ゴブリン達に壊滅させられた都市の裏門。

 東の山脈に面したその場所は、普段は山々から採掘される鉄鉱石や幾ばくかの宝石の原石を搬入させるために設けられたものだが、今はゴブリン達に打ち壊されてただの瓦礫の山と化していた。

 ゴブリン達の足跡がくっきりと残された門の木片を鬱陶しげに踏み砕いたのは、胸元の大きく開いた扇情的な唐紅色の衣装の上に漆黒の外套を纏った濡羽色の髪の少女だ。

 町の至る所では町民の痛みにもがく苦痛の叫びや、必死に命乞いをする声が絶えることなく響いていた。


「随分とド派手に暴れ回っているみてえだな。こりゃ、来るのが遅すぎたか……」


 町の常駐軍も未だ応戦しているのか市民をどこかに誘導するような大声が建物の合間から微かに聞こえてくるが、それよりもゴブリン達の甲高いときの声の方が大きく、すぐさま塗り潰されてしまった。

 この様子では町側の防衛戦力は風前の灯火だろう。

 そしてそれは、ここでは血がたぎるような命を燃やし尽くすような一進一退の戦いなどどこにも存在していないことを如実に示していた。


「とんだ無駄足だったか。これじゃあ、俺を満足させてくれるような面白れえことなんざ何一つなさそうだな」


 乱雑に切り揃えられた濡羽色の髪を荒々しい手付きで搔き乱し、砦で不貞寝でもするかときびすを返そうと滅びゆく町に背を向けるが、そこで妙な違和感に気が付いた。

 ……何だ。ギャアギャア汚ねえ声で喚いていやがったゴブリン共の声の質が変わったか?

 先程まで町に轟いていたのは、私欲に溺れた者が金や女を手にした時の下卑た声や他者を思うがままにいたぶることのできることへの嗜虐的な欲求が満たされている時の愉悦に浸っている者が漏らす歪曲した質の声だったが、その中に別の色が上書きされていくように恐怖や錯乱が混じり始めた。

 特にそれが顕著な方向に耳をそばだてると、何か硬質の物体で肉を力一杯叩き付けられたかのような骨が砕ける異音を含んだ音が響き、その音が響く度にゴブリン達に恐怖が伝染していくかのように怯えを孕んだ甲高い叫び声がこだまする。

 誰かがゴブリン共と戦っていやがるのか? それもかなり一方的にゴブリン共を始末してやがるな……。

 彼我の力の差は圧倒的なのだろう。町に響くゴブリン達の声には先程まで存在した余裕や喜悦が全て削ぎ落されている。

 連中にそれだけの恐怖を植え付けている存在が現在進行形で大暴れしているのだ。

 そう確信すると同時に、腰元にいた刀の柄に艶めかしく指を這わせ、恍惚とした笑みを外套の下で浮かべる。

 もう数えるのも面倒な程に血肉を削ぎ、骨を断ち斬り、数多の命を刈り取ってきた愛刀の感触を感じながら、ペロリと下唇を桜色の舌で淫靡に濡らす。


「中々面白そうな見世物がありそうじゃねえか。俺が行くまでに幕を下ろすんじゃねえぞ」


 凄絶な笑みを浮かべ、待ちきれないとばかりに軽く刀の鯉口を切りながら、死神は激音響く戦場に向かって歩き出した。

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