第30話 4人目の隷属者(女神暦1567年4月30日/ルルピナ)

 アリーシャからの依頼を受諾した俺達は、その日は彼女が用意してくれた客室で一夜を明かした。

 来城した王侯貴族が宿泊する部屋だけあり、用意された羽のように軽い寝間着を着てふかふかのベッドで安眠し、体力も気力も十分回復した。

 翌日の朝食の席ではアリーシャから、マルトリア神王国へ送り届ける奴隷の子供はまだ幼く、よく世話を焼いてくれたエルザの同行を強く申し出ているという話を聞かされた時は、俺とゼルダはすぐに顔を見合わせた。

 本音を言えば、連れて行きたくはない。

 これから向かう先は騎士団領の庇護を受けられない他国だ。

 『従僕せし餓狼ヴァイ・スレール』襲撃の時のように、騎士団が救援に駆け付けてくれることもない。

 何か不測の事態に陥った際には、独力で解決しなくてはいけなくなる。

 俺には『隷属者チェイン』達と召喚士固有のスキルが、ゼルダもこの国で二番目に強い騎士だ。

 易々と不覚を取ることはないと思う。

 しかし、エルザには自分の身を守るためのすべがない。

 自分達の目が届かない場面で危険な目に遭った時に、彼女を絶対に守り抜けるという保障はどこにもないのだ。

 だがエルザは、


「アレン様、ゼルダ様。私も行きたい」


「危険なこともあるかもしれないけど、本当に俺達と一緒に行くのか?」


「うん、家族の元へ送っていく奴隷の子はよく私が面倒見ていた子だし、私が側に居た方が安心すると思うんだ」


「それはそうかもしれないが……」


「自分の身は自分で守る。お母さんは武術の達人だったし、お母さんが遺してくれた教本を読んで自己鍛錬だって積んでたんだ。足手まといにならないようにするから、お願いします!」


 といったやりとりを経て、俺達はエルザと奴隷の子供を馬車に乗せ、一路騎士領の北へと向かうことになった。

 カレン達への事情説明は、俺達を王城まで運んでくれたカザン支部の騎士がアリーシャからの書状を配送することになったので、アルトの村に戻ることはしない。

 アリーシャからの餞別として、道中の食料や路銀もたんまりと頂いた。

 それらをアイテムストレージに収納したおかげで、馬車の中のスペースが圧迫されることもなく、伸び伸びと足を伸ばし、平穏無事に北の地への旅路は続いた。

 途中に立ち寄った宿場町で宿を取り、翌日の朝に再び出立する。

 そして、太陽が一番高い所まで昇る頃には、御者の肩越しに見える丘の先に新たな町の陰影が視界に映るところまで来ていた。

 目を凝らしてみると、峻険しゅんけんな山脈が町のバックにそそり立っており、時折風切り音が響かせながら地を撫でる山頂からの吹き下ろしの風が、山裾の町の教会堂の屋根の風見鶏を激しく揺らしていた。


「あの山脈がアリーシャ騎士団領とマルトリア神王国との国境の役割を果たしているドロギア山脈だ」


「へえ~、随分と険しそうな山だな」


 馬車から見る限りでは、中腹辺りまでは自然豊かな森林が広がっているが、中腹より上は切り立った断崖や岩肌が大きく露出していて、岩場のような足元が悪い場所等も多そうだ。

 山越えをするのであれば、それ相応の準備を擁する過酷な登山となるだろう。


「まずはあの麓の町で休憩するんだよな?」


「ああ、あのルルピナの町は騎士団領最北端の町だが、狩猟や林業も盛んな場所だ。ジビエ料理といった他の町ではありつけないような郷土料理もあるらしい」


「ご当地グルメみたいなものか。それは楽しみだ」


 そうこうしていると馬車は町の門の側にまで疾駆し、門番を務めている自警団の青年達から簡易的な質問を受け、それが終わると馬車は緩やかな歩調で町のそれほど幅は広くない通りに進み出す。

 林業で隆盛を誇っている町らしく、建築物のほとんどは木造建てだ。

 まだ昼間だというのに、西部劇に登場する酒場にあるようなスイングドアを取り付けた居酒屋では、赤ら顔の男達が肩を組んで高らかに音痴を披露していて、お立ち台に上がった踊り子が苦笑いしながら調子っぱずれな歌声に合わせて腰をくねらせている。

 街角では手斧を手にした木こりを模した木製の人形が売られていて、観光客風の男女がその精緻な作りに興味深そうに目を細めていた。


「ルルピナは豊富な森林資源とそこに生息する動植物の恩恵と共に生きてきた土地だ。あのように、木材を利用した伝統工芸品も多い」


「観光客も多いみたいだし、経済的には豊かな感じだな」


「国内からの旅行者がほとんどだがな。最も近い他国であるマルトリア神王国も、あの巌々がんがんとした山脈に阻まれているから、危険な山越えに挑んでまで騎士団領を訪れる者はそうはいない」


「その山越えをするために今から英気を養わないとな」


「この町の北側に騎士団の駐屯地がある。そこで昼食を摂り、今日は宿舎で一泊する。これから山に入っても、砦に着く頃には完全に日が暮れている。見通しの悪い夜の山を登るのは自殺行為だから、ここで溜まった疲労を少しでもなくしておこう」


「まあ、明日は嫌というほどあの山の急勾配を踏破しないといけない訳だしな」


 馬車は活気に溢れた通りを行き交う雑踏に時折足踏みしながらも、無事に騎士団の駐屯地に到着し、馬車の後部で遊んでいた薄茶色の髪の元奴隷の少女と、彼女の遊び相手を務めていたエルザは旅の疲れを感じさせない足取りで食堂の方へ駆けていった。

 セレスがやんわりとした口調で、「室内で走ってはいけませんよ」とたしなめつつ、エルザ達を追いかける。

 ゼルダは俺達が依頼を終えて戻って来るまでこの駐屯地で待機する予定だという御者に礼を言い、彼女達の後を追うために背を向ける。

 俺は彼女の背中を追いかけ、その肩に手を置く。

 どうしても彼女に伝えたい事があった。

 突然肩に手を置かれ、怪訝そうに首を傾げるゼルダに、


「ゼルダ、昼食が終わったら二人っきりになれないかな?」


「……二人っきり?」


「少しゼルダに用事があって、できれば付き合ってほしいだけど……」


「……二人っきり……付き合って……」


「? お~い、ゼルダ。俺の話聞こえている?」


「……あ、ああ。も、勿論だ。ふ、二人っきりで! 話したいことがあるのだな。了解した」


「うん、それじゃあよろしく頼むよ」


 気恥ずかしそうに俯き加減で何故か早足で去っていく彼女を追い、俺も食堂へ向かった。







「……はあぁぁぁあああ」


「どうしたんだ、ゼルダ。そんな落胆し切った溜め息なんか吐いて?」


「いや、先程まで浮かれていた自分が滑稽に思えてきただけだ。気にしないでくれ」


 駐屯地の片隅にある修練場。

 昼休憩に入り、訓練を行っていた騎士達も引き払って無人になったそこで、俺とゼルダはベンチに腰掛けていた。

 俺の掌の上には水晶のような形をした鉱物が載っていた。

 『霊晶石』。

 封印状態にある他の『隷属者チェイン』達を覚醒させるために必須となるアイテムだ。

 ジルベスターから入手したこの石は、以前に【神眼】スキルで解析した結果では、この世界の大地の底を流れる地脈の霊力と魔力が凝縮し結晶化した希少な鉱物のようで、術者に莫大な魔力を供給する力がある。

 ジルベスターが起死回生の虎の子として使用しようとしたのも頷ける代物だった。

 俺はそれを親指と人差し指で摘まみ、太陽の暖かな日差しを受けて輝くその石を見詰める。


「この石の魔力を解放すれば、凍結封印されている別の『隷属者チェイン』を一人召喚することができる」


「その召喚を私に見せたいという話を聞いた時は、個人的な理由で脱力しそうになったが……興味はあるな」


「エルザはあの子の相手で手が空いていないから、最初にこれから召喚する『隷属者チェイン』をゼルダに紹介したくて、つい頼んじゃったんだ」


「召喚する『隷属者チェイン』はアレンが指定できるのか?」


「いや、それは実際に試してみないことには何とも言えないな」


「まあ、誰が召喚されたとしてもアレンの大切な友人であることには違いはないのだろう? ならば、何の問題はない」


「そう言ってくれると、ありがたいよ。『従僕せし餓狼ヴァイ・スレール』をぶっ潰してすぐにアリーシャからの招待状の件があって、中々召喚するタイミングが掴めなかったんだけど、今日なら時間的も余裕があるから、試してみようと思ったんだ」


「そういう訳があったのか。そういえば、昼食後にセレスを魔法陣に戻したのには理由があるのか?」


「ああ、それは……」


 召喚士は『隷属者チェイン』を召喚し、彼らを戦線で戦わせたり、『魔装化ユニゾン・タクト』で召喚士自身が戦闘を行うジョブだ。

 様々な属性や固有スキルを持つ『隷属者チェイン』達は非常に強力な存在だ。

 だが、召喚士にはある制約が存在している。

 それは、一度に召喚させ続けられるのは三体までだということ。

 アルトの村で留守番をしているフローラとルイーゼ、俺の護衛兼世話係として同行していたセレス。

 誰か一人を一度魔法陣に戻さなければ、新たな『隷属者チェイン』の召喚はできない。

 そのため、セレスには申し訳なかったが、一旦魔法陣に帰還してもらうことになったのだ。

 そのことをゼルダに説明し、彼女が納得顔で頷いてから俺はベンチから立ち上がり、修練場の中央に立つ。

 魔力の流れを掌の『霊晶石』に集中し、石の最奥に眠っている魔力を汲み取るイメージを浮かべる。

 そうすると、石の中に封じられていた膨大な魔力が体中に流れ込み、全身が熱を帯びる。

 ……体全体の血管に溶けた鉛を流し込まれたみたいだ。

 全身を駆け巡る熱量に歯を食いしばり、不安げな様子でこちらを見守るゼルダに軽く笑みを向ける。

 彼女に無用な心配をさせたくなかった。

 絶対にできる筈だ。

 全身に散逸していた魔力に全神経を集中し、散らばっていた魔力の掌に集中させる。

 最初は不安定だった魔力の流れも大分安定し、魔力のコントロールも可能になってきた。

 『霊晶石』の魔力が一挙に流れ込んできた時は多少同様したが、勢いよく噴き出した蛇口の水を調節するかのように、魔力量を一定に保つ。

 そうすると、頭の中にとある『隷属者チェイン』の姿が鮮烈に蘇って来た。

 どうやら凍結封印されていた『隷属者チェイン』が解放されたようだ。

 召喚できるのは彼女か……。詠唱の文言もしっかりと頭に刻み込まれている。よし、いくか!


「万物を灰燼に帰す紅蓮の炎を纏いし、火精霊サラマンダーの女王よ。我が喚び声に応え、その姿を現せ!! 顕現せよ、アールタ!」


 その刹那、砂地の地面に身を焦がすような熱気をまき散らしながら深紅の魔法陣が展開する。

 空気が熱気で歪みそうになる程の熱さに自然と玉のような汗が流れる。


「アレン、大丈夫か!?」


「ああ、問題ない。彼女が登場する時はいつもこんな感じなんだ。 ゼルダはそのまま見守っていてくれ」


 慌てて俺に駆け寄ろうとしたセレスに無事を伝え、再度魔法陣に視線を突き刺す。

 魔法陣の中央に描かれているのは、主に中近東地域で古くから使用されていた湾曲した刀身を持つ曲刀シャムシールだ。

 その曲刀シャムシールにとぐろを巻く大蛇のごとく巻き付く火炎、魔法陣全体から噴き上がる火の粉。

 魔法陣の四方に描かれた小さな日輪が煌々こうこうと、ドロドロに溶けた溶岩のような色合いで輝く。

 まるで火炎を纏った台風が転移してきたのかと錯覚するほどの熱気から両腕で顔を庇い、その魔法陣の中心を見遣る。

 火炎の渦を纏いながら、一人の少女がその姿を現す。

 ピジョン・ブラッドと呼ばれる最高級のルビーのような、秀麗な深紅の色合いの髪をヘアバンドタイプのターバンでまとめ、ベリーダンス風の衣装に身を包んだ赤毛の少女だ。

 程良く引き締まり無駄な贅肉が一切見当たらない肢体や豊かな双丘をを情熱的な装いで包んでいるが、くびれた腰元に巻かれた腰布、腰に佩いた曲刀シャムシールと紐で括られた小ぶりのランプ、上半身には薄い生地の袖なしの上着を羽織っているので、扇情的な印象は多少薄れてはいた(目のほよ……目の毒なのは変わらないが)。

 新たに召喚された四人目の『隷属者チェイン』の荒々しい登場に懐古的な感慨を感じながら、暴風のように噴き出していた炎と熱気を徐々に弱めていく魔法陣がゆっくりと消滅したのを確認し、少女の前に立つ。

 唐突に見知らぬ土地へ召喚されたことにも動じず、少年のような活発さと貴婦人のような気品を併せ持ったような掴みどころのない笑みを浮かべる少女に、


「久しぶりだな、アールタ。元気にしてたか?」


「勿論、息災だったよ少年。自分の宮殿で剣舞や舞踏を舞うのも有意義ではあるが、観客のいない舞台の上でいくら舞ったところで、賛美や批判の声の一つも僕の耳に届かないのは自明の理。随分と退屈な日々を過ごしていた。さて……」


 ルビー色の瞳で辺りを静かに見渡し、話しかけるタイミングを窺っていたゼルダと視線がぶつかると興味深そうに目を輝かせ、


「見知らぬ地と空気、少年の友人らしき美麗な乙女。うん、とっても面白そうじゃないか」


 色々と俺に根掘り葉掘り今の状況を訊き出す気満々の笑みを浮かべる。


「僕の宮殿の蔵に極上の火酒がある。それに舌鼓を打ちながら、君の近況報告を聞かせてもらってもいいかい?」

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