第20話 エルザ=レオンハート(女神暦1567年4月23日/北の大森林)

「お、美味しい! とっても美味しいよ、アレン様!」


「それは良かった。結構図体がデカかったから肉はまだまだ残ってるけど、追加分も揚げた方がいいか?」


「うん! 私、こんなに美味しい鶏料理なんて食べたことない! 幾らでもおかわりできるよ!」


「口に合ったようで良かった。それじゃあ、じゃんじゃん揚げますか」


 アルトの村の北部に広がる大森林。

 鬱蒼と生い茂る木々が果てが見えぬほど続き、幅広の広葉樹の葉が自然の天蓋てんがいを成していて、真昼だというのに薄暗く湿っぽい場所が多いが、この森でしか自生していない薬草や山菜等も存在していて、『四葉の御旗フォルトゥーナ』にもそれらの採集依頼が飛び込んでくることも多いらしい。

 そんな不気味で暗鬱とした地形の反面、自然の恩恵も豊かな森の中に偶然見つけた開けた空間で焚火を囲んでいるのは、大量の油を注いだ携帯式の鉄鍋に小麦粉と片栗粉をまぶした鶏肉を続々と放り込む俺と、俺が揚げた唐揚げを掴み取り、「あつっ!、でも美味い♡」と夢中に頬張り続けて至福の笑みを浮かべるエルザだ。


「いや~、アレン様って戦いが強いだけじゃなくて、料理もお上手だったんだね!」


「別に俺なんて大したもんじゃないさ。料理だって我流だし、戦闘もフローラに手伝ってもらったしな」


「フローラさんと合体した時はビックリしたよ! 綺麗なピンクの宝石が付いた杖で地面を一突きしただけで、地面から沢山の根っこが飛び出して来たんだもん! 突然襲ってきた鳥の魔物をあっという間に倒しちゃうなんて凄いよ!」


 「凄い、凄い!」とあどけない笑みで連呼するエルザの手放しの賞賛に思わず頬を掻く。

 昨日の薪割りで思う存分に体を動かしたエルザは、余程それが楽しかったのか、セレスの家事の手伝いをしている間もどこか上の空で、洗濯物を地面に落としてしまったり、調理中に食材を焦がしてしまったりと、色々とミスを連発してしまった。

 何度も「ごめんなさい!」と平謝りするエルザの様子を見かねた俺は、気分転換とちょっとした冒険も兼ねて森の中を散策していたのだが、


「まさか、森でデカい鶏みたいな魔物に襲われるとは……」


「ははっ……私が今朝に食べたお肉料理の匂いに惹かれたのかな?」


 若干気まずそうに口元を引きらせるエルザにかぶりをふる。


「仮にそうだとしても、こうした美味いご馳走にありつけてるんだから問題ないだろう」


「私も戦闘に参加できれば良かったけれど、まだ体がなまっていて……」


「いやいや、俺も『魔装化ユニゾン・タクト』をもっと使って体を慣らしておきたかったからいいだよ」


 ゲルグの屋敷でガイオンを倒して以降、暇を見つけては『魔装化ユニゾン・タクト』を行って色々な戦法の研究や技の確認等をしている。

 積極的にあのような荒事に巻き込まれる場所に首を突っ込んでいく気はないが、こちらにその気がなくてもそうした状況に追い込まれる機会がもう二度とないという保障はない。

 自分が暮らす場所を、守りたいものを守り通すだけの力は持っておきたい。

 今回のように偶発的に魔物に襲撃されることもあるし、もうないとは思うが闇ギルドの連中と矛を交えることもあるかもしれない。

 なので、今回の強襲もそれほど気にしていないし、この世界に来てから試してみたかったこともできた。

 それは、


「いや~、魔物ってやっぱり食えるんだな」


 よくラノベとかだと、元の世界で料理人をしていた少年や青年が、異世界の魔物を使って現地人を驚嘆させるような飯テロ料理を作る展開があるが俺も、魔物って食えるのかな? という好奇心に押し負け、こうして調理してみたのだが


「アレン様、おかわり!」


 指に付いた脂をペロッと舐めとるエルザの健啖けんたんぶりを見れば、結果は言うまでもない。

 調味料やダンジョン探索中に使用する携帯式の調理器具はアイテムストレージに保管していたので、一応【鑑定】スキルで毒がないことを確認した魔物の肉をエルザがやけに手慣れたで解体し、醤油と料理酒と生姜で下味を付けた鶏肉に小麦粉と少量の片栗粉を混ぜたものをまぶして油でカラッと揚げて唐揚げを作ってみた。

 一度揚げた唐揚げを再度高温の油で二度揚げしているので、表面はカリカリ、中は鶏の旨味を凝縮した肉汁がたっぷりのジューシーな仕上がりになった。

 う~ん、一度この村の名物ってことにして売り出しみようか。唐揚げがこの世界に最初から存在しているのかは分からないけど、中々繁盛しそうな気がするぞ。

 一瞬脳内に揉み手をしてにじり寄って来る猫娘の顔がちらつくが、今は頭の隅に押しのけておこう。

 追加の唐揚げに上機嫌にかぶり付いて舌鼓を打つエルザを見遣りながら、俺も唐揚げを齧る。


「うん、美味いな。そういえば、エルザは魔物の解体作業が随分上手だったけど、前にもやったことがあるのか?」


「うん! 昔は体が不自由なお父さんに代わって山や森で狩りをしてたから、獲物の解体とかは得意だよ!」


「へえ~、お父さんの代わりにねえ。働き者だったんだな」


「ううん、そんなことないよ。お母さんは私が小さい頃に死んじゃったし、お父さんもお母さんが亡くなってからすっかり元気もなくなっちゃって、私がお父さんを支えなきゃって一生懸命だっただけ」


「十分凄いじゃないか。家族を支えるために頑張り続けたんだろ?」


「まあ、自分なりに必死ではあったかな。お父さんのことは大好きだったから、お父さんが笑顔になってくれるように頑張ったよ。だからこそ……」


 先程まで夢中に頬張っていた唐揚げをグッと飲み込み、


「お父さんが私を『従僕せし餓狼ヴァイ・スレール』に売った時は、結構キツかったなあ」


「っ!? お父さんがエルザを連中に売り飛ばしたっていうのか!?」


「う、うん。お父さん、お母さんの幻覚も見るようになっていたし、私のこの林檎みたいな赤い髪がお母さんとそっくりだから、見てると辛くなるって言われたこともあったんだ。多分、お母さんの面影のある私と一緒にいるのが辛くなっちゃったんだよ」


 もう振り切ったというか、どこか達観した面持ちを浮かべながら食事を再開するエルザは別段それを気にしている素振りは見せなかった。

 だから俺も、それ以上彼女の父を責めるようなことはしなかった。

 彼女の中ではもう折り合いがついてるのならば、それをこちらが蒸し返すのもおかしい。

 だけど、頭ではそう分かっていてはいても何やら胸がモヤモヤするのは止めることはできなかった。

 親に売られるか……。想像したこともなかったな。

 俺の両親は早くに事故で亡くなったので、二人と過ごした記憶は中学生の頃で焼き切れてしまった。

 共働きであまり家にいることもなかったが、休日はレジャー施設や外食に連れて行ってくれたり、学校での悩み事とかにも親身になってくれた覚えもある。

 少なくとも、両親は俺に対して愛情を注いでくれていたのだ。

 だがエルザの場合は母が急逝し、父は妻の亡霊に囚われ娘を奴隷商人に売り渡すという暴挙にまで出た。

 大好きだった両親に先立たれることと、大好きだった親に切り捨てられること。

 どちらが不幸だと優劣を付けられる話しではないし、どちらも辛いということに違いはない。

 だけど、どれだけ過酷で陰惨な過去を味わったのだとしても、少なくとも今だけは変えられる筈だ。

 俺はエルザの過去を書き換えることはできないが、こうして彼女の好きな食事を振る舞ったり、好きな時に好きな場所で羽を伸ばす時間ぐらいは作ってやれると思う。


「……エルザ」


「はい、どうしたの、アレン様」


「俺の分の唐揚げも食うか」


「本当に!? 本当にいいの?」


「おう、好きなだけ食え。あっ、でも今日はこれで終わりな。夕飯が食いきれなかったら、セレスに悪いだろ」


「うん、そうだね! レグルス・キングダムで暮らしていた時は貧しかったからこんなにお腹一杯お肉を食べられて凄く幸せ!」


「そうか、幸せか……。そう思っていてくれるなら、今はこれでいいのかもな」


「? アレン様?」


 キョトンと首を傾げるエルザに苦笑しつつ、口元に付いた肉汁を軽く布巾で拭ってやる。

 くすぐったそうに身をよじるエルザに頬を綻ばせつつ、


「そういや、レグルス・キングダムってどこにあるんだ?」


「えーと、このアリーシャ騎士団領から西のオーベロン神樹国に渡って、そこからもっと北へ進むと着くよ。獣人達が暮らす国なんだ」


「へえ~、獣人の国ねえ。エルザやニーナみたいな獣人が沢山いるのか?」


「うん、沢山いるよ。私はお父さんが獣人だけど、お母さんがサルディナ族っていう南方の小大陸の人間種の戦闘部族出身だったみたいで、獅子の耳と犬歯とかはあるけれど、尻尾は遺伝しなかったみたい。だから、国にいる時は尻尾がないのがちょっと気になったかな。まあ、もう国に帰る気はないから別にいいけど」


「エルザは国に帰るつもりはないのか?」


「今のところはないかな~。こっちにいればドロシーやシャーロットもいるし、アレン様達もいてくれるし、ご飯も美味しいしね。それに、アレン様に沢山恩返ししたいんだ。私達を救い出してくれて、ありがとうございましたって」


「別に恩返しなんて考えなくてもいいんだぞ? ここにいたければ好きなだけいてくれていいんだ」


「ありがとう。でも、それは私のしたいことでもあるから、全然無理なんかはしてないよ」


 そう言ってエルザは、手元に置いていた布巾で手に付着した脂を拭き終わると、快活な笑い声を漏らす


「ごちそうさまでした。アレン様、私もこの唐揚げをドロシー達やセレスさん達に食べてほしいから、今日の夕飯に作るの手伝ってもらってもいい?」


「ああ、勿論。余った肉もアイテムストレージに収納したから人数分はあるし、俺の作り方で良ければ付き合うよ」


 俺はそう当然のように言って、真紅の髪の獣人の少女と共に家路につくことにした。

 親に取り残され、親に捨てられた少女は、新しい家族と居場所を得て、安らぎの時間を謳歌している。

 自分の大切な人達に手料理を振る舞う時を楽しみにしながら、足枷のなくなった自由の足で駆ける少女の背中を俺は追いかけた。

 もし彼女に尻尾があったとすれば、きっと今は左右に激しく揺れているのかなと、そんな他愛のないことを一人考えながら。

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