第18話 図書館を建てよう!(女神暦1567年4月22日/アルトの村南門付近)

 新たにアルトの村で暮らすことになった三人の少女達の歓迎会を開いた翌日。

 外は雲一つない快晴で、時折遮蔽物の少ない平原から吹き込んでくる温暖な風が体をそっと撫でて去っていくのが心地よい。

 俺は腕に抱え込んでいた木箱を、荷台にいるマーカスに受け渡して、ホッと一息つく。


「ふう、これで全部載せ終わったな」


「どれどれ……ニーナの発注書に記載してある注文数と合致してるな。さっきのが正真正銘最後みたいだ」


 マーカスが数枚の紙に記載された品名と個数を照らし合わせながら指差し確認をしているのは、荷台にどっさりと積み込まれた大量の木箱の山だ。

 その中には、今朝収穫したばかりの人参、キャベツ、白菜、アルト名産のロロ芋といった新鮮な野菜や、林檎、葡萄、オレンジといった瑞々しいフルーツが身を寄せ合うようにして収められている。


「しかしまた、今回はやけに量が多いな」


「昨日ニーナが帰った後、俺達が卸したフルーツを店のひさしの下に並べて店外販売したらしいんだけど、何個か試食してもらったら飛ぶように売れたんだと」


「ほう、それでフローラの嬢ちゃんが今朝から鼻高々なんだな」


「昨日の深夜にドアを蹴破らん勢いでとんぼ返りしてきたニーナの再発注を受けてから、あんな感じだよ」


 二人の視線の先には小躍りする勢いで御者台の隣に飛び乗り、今か今かと出発を待ちわびる若草色の少女の姿があった。

 商魂たくましい猫耳少女が手渡してきた、購入者達からの絶賛コメントをまとめた紙を読んで以降、日が昇る前から自主的に収穫作業に向かうほど、気分が高揚しているらしいのだ(ニーナはこうなることを見越して、更なる大儲けのために周到に準備してきたのは明白だろう)。

 余程、自分の作った農作物が大衆の舌に受け入れられたのが嬉しかったのだろう。


「マーカス、そろそろ行きましょう! 私のフルーツや野菜を心待ちにしているお客さん達の所へ一刻も早く届けにいかなくちゃ!」


 守銭奴ニーナの術中に絶賛ハマりまくり中のフローラからの急かす声が聞こえてきた。

 やれやれ仕方がないな、といった様子で、マーカスが出荷前の物品チェックの確認書へのサインを俺に求めてくる。

 この世界の文字の種類やスペル等も知らない俺だが、ここで大活躍するのが【言語学】スキルだ。

 本当は知らない筈のこの世界の文字が自然と脳内に浮かび上がってくるので、異世界での文字の読み書きに関しては全く支障がない。

 本来であれば町の学舎や、教会等で定期的に開かれるという教室に何年も通って習得していく筈の文字や文法も、『スキルホルダー』に【言語学】スキルをセットしていれば、それらを全てマスターしている状態になれる。

 ルイーゼさんが超有能すぎてありがたすぎる。

 異世界で文字を書くのは初であったが、手慣れな手付きで自分の名前をこの世界の文字で書き綴って署名し、それを確認したマーカスが荷台の隅に置かれた鞄の中に曲がらないよう慎重に入れる。


「よし、これで問題ないな。フローラは夕方の便でこっちに運んでくればいいのか?」


「ああ、それで頼むよ。御者台からテンション上がって落っこちないようにだけ注意しといてくれ」


「了解した。卸した商品の代金と売り上げの一部は、夕方の便で一緒に持って行くからそのつもりでな」


「分かった」


 そう言って御者台に乗り込み手綱を握ったマーカスは、軽く片手を挙げてこちらに会釈をして、ゆっくりと馬車を走らせ、カザンに向けて走り去っていった。

 昨日よりもみっちりと積み荷を積載した馬車は、地ならしも不十分で窪みも目立つ悪路を慎重に進んでいくが、それをものともせずに臆せず疾駆していく姿を見ると、改めて御者の高い技量が推し量れる。


「さて、商品の積み込みも終わったし、ルイーゼ達の所へ行くとするかな」


 ゼルダとカレンは、アルトの村の周囲に広がるコントラルト平原に最近出没するという魔物討伐の火急依頼がカザンにあるギルド会館経由で舞い込んできたので、今朝方から村を出ている(『四葉の御旗フォルトゥーナ』宛てへのクエストの依頼書はマーカスが運んできてくれるそうだ)。

 セレスと真紅の髪の獅子の獣人・エルザと、金髪セミロングの小柄な少女・シャーロットは、食事作りの際の煮炊きや、風呂を沸かす時に使用する薪を拾い集めに北の大森林に向かっていった。

 昨日の歓迎会は大盛況で、獣人らしくカリカリに焼き上げた鶏もも肉に瞳にハートマークを浮かべながら一心不乱に喰らい付いていたエルザと、セレスの焼いたフルーツたっぷりのタルトを頬張っていたシャーロットは、たった一日でセレスの料理の虜になったようで、調理用のかまどにくべるための薪が不足していることに気付いたセレスに懐いた様子で自ら一緒に同行して行った。

 『隷属者チェイン』の中でも屈指の実力を持つセレスが側にいる以上、たとえ魔物に襲われたとしても二人がかすり傷一つ負うこともないだろうから、余計な心配をする必要もない。


「まあ、家の中で引き籠っているよりも、外の空気を吸って体を動かす方が気分転換にもなるかもしれないしな」


 獣人であるエルザは体を動かすことが生来好きなのか、久方ぶりに自由になった手足で好きなだけ運動ができることを喜んでいたので、屋外でのびのびと羽を伸ばしてくれているといいのだが。

 まあ、俺はゲームにラノベにアニメにと、屋内で完結してしまう趣味ばかりだったから外よりも室内の方が落ち着くんだけどな。

 こればかりは人それぞれと言うしかない。

 そして、どうやらこの村にも俺と同種らしい者が二人ほどいるらしいのだ。





 重厚さを感じさせる赤煉瓦造りの外観を持つ五階建ての瀟洒しょうしゃな建物。

 焼け崩れた廃屋が周囲に散見される村の西の区画に建てられたその建築物は、完全に周囲から浮いているその威容を見せつけていた。

 相変わらず豪華な外観だよな。まあ、中も凄いんだけどさ。

 他人の目なんて意にも介さないといった雰囲気を醸し出す建物の両開きの扉を開け、吹き抜けになっているエントランスを抜けて奥へと歩を進めると、再度重厚な扉が待ち受けていていて、俺はそれを勝手知ったる様子で気兼ねなく開け入室する。

 扉を開けた先に広がっていたのは、無数の本が広がる叡智の書庫だった。

 規則正しく等間隔で配置された百以上はあろう書架には、ジャンル毎に分類された様々な書物が収められ、広大な面積を誇る空間の片隅から階上に伸びる階段を上がれば、これと同様の光景が広がっていることだろう。

 床に敷かれたカーペットにはほこり一つ見当たらず、こまめに掃除を行っていることが窺える。

 昔から本を読むことは大好きだったが、ここに収蔵されている全ての本を読み終わる頃にはしわだらけの爺さんになっているだろうなあ。

 そんなことを思いながら本の森の中心目指して歩き続けると、ドーナッツ型のカウンターの中で煩雑そうに調べものに没頭している黒髪の少女と、彼女の側にミルク入りの紅茶を入れたマグカップと昨夜の歓迎会で残ったフルーツタルトを載せた小皿を差し出すサファイアブルーの髪の少女・ドロシーの姿が視界に入ってきた。


「お疲れ様、ルイーゼ、ドロシー。仕事は捗ってるか?」


「むっ、管理者殿かね。そちらは荷物の積み込みは終わったようだね?」


「お、お疲れ様です、アレンさん」


 疲労で気が滅入った声で反応するルイーゼと、突然俺が現れたことで緊張したのか上ずった声で居住まいを正すドロシーの正反対な態度に目元を緩める。

 既に俺と長い付き合いであるルイーゼが机に頬杖を突いたにべもない態度なのは平常運転なので気にならないが、やはり昨日出会ったばかりのドロシーには気遅れしたような硬い態度が目立っていた。

 まあ、突然こんな場所に連れてこられて困惑してるよな。

 完全に廃墟だった町にこんな馬鹿でかい図書館が突然出現すれば、普通なら夢か幻を疑うだろう。

 そんな幻想じみた空間でルイーゼの手伝いをしてくれていることに感謝しなければ。


「荷物は無事にマーカスとフローラが届けにいってくれるさ」


「そうかね、なら安心といったところか。では、遅ればせながら挨拶を。ようこそ、管理者殿。久々にの中に入館した感想はあるかね?」


「そうだな。ここには何度も入ったことはあるけど、やっぱりこのスケールのデカさには毎回目を見張るよ」


 この星の数ほどの大量の書物を収蔵した大図書館は、目の前にいる少女自身である。

 正確に言えば、神代の魔法を記した石板から現代までの娯楽小説に至るまで、ありとあらゆる書物を蒐集・永久保存するために、『ブレイブ・クロニクル』の神々が創造した地下の奥底まで続く無数の書庫を内包した大図書館。

 ここは、その叡智の蔵に宿った付喪神であるルイーゼが自身の血肉と同義である大図書館を召喚した物なのだ。

 【禁代書庫の墓守】。

 神々の叡智と奇跡の御業の執行方法までも記した禁書すら収蔵しているルイーゼの持つ最大スキル。

 今回のように自身の分身たる図書館を召喚するだけでなく、この図書館内であればどれほど複雑怪奇な文体や文法で書かれた本(ルイーゼの蔵書本に限るが)が誰でも読めるようになるといったチート能力も備えており、その他にもぶっ飛んだ能力を秘めているスキルだが、今の段階では詳細に説明すると、事前にルイーゼから簡略的な説明を受けていただけのドロシーを余計混乱させてしまうので割愛させて頂こう。


「素直でよい所感だ。ここに来館するであろう者達も、この無数の叡智の結晶を無料で読みふけることの贅沢に酔いしれることだろうね」


「俺もまさかルイーゼが、アルトの村に誰でも利用できる図書館の設置を提案するとは思わなかったよ」


「これからこの廃れた村を再興していくのだろう? 他所で暮らす民衆を呼び込むには相応の目玉となる場所が必要だと思っただけだよ」


「わ、私の生まれ故郷にも図書館はありましたが、民衆が誰でも自由に利用できる図書館なんて聞いたこともありません」


「知識に触れる機会は貴賤を問わずに等しく与えられるべきだというのが私の信条だ。指定された場所以外での飲食禁止、他の利用者の迷惑になるような声量の私語の禁止等、規則を守って正しく利用してくれるのであれば問題はない」


 ルイーゼは何のこともないように言っているが、これは画期的な取り組みになるだろう。

 ゼルダに確認したところ、騎士領の識字率はそれほど高くない。

 貴族や商人といった文字の読み書きが必須となってくる職業の者やその子供達は、親や学舎の教師から手習いを受けて文字の読み書きはできるが、それは高額な授業料を払える財力や恵まれた学習環境に恵まれた者達だけだ。

 気候や災害に翻弄される農業従事者やその日暮らしの根なし草生活を送る生活困窮者や奴隷身分であった者達は、今だに本を読むことも、自分の名前を書くことすらできない状態だという。

 そういった人達でもこの図書館では、自由に好きな本を好きなだけ読むことができる。

 手に汗握る冒険譚、何気ない日常を綴った青春喜劇、愛嬌のある絵で彩られた童話や絵本等、見たことのない無数の世界にいつでも旅立つことができるのだ。

 それを聞いたとき、俺は途轍もない幸福感に全身が包まれるようだった。

 絶対にこの図書館を成功させてみせる!

 それだけで胸が一杯になった。

 これからカザンを中心に宣伝活動を行い、マーカス以外の定期便も増やしてもらえないか商業ギルドの組合に交渉に行く予定だが、この図書館の存在は騎士団領の人々を支える一助になる筈だ。


「さてと、私は探さねばならない本があるので一旦席を外させてもらおう。ドロシー、そこに積んである本を所定の本棚に戻して置いてくれないかね?」


「えっ、あの、その、奥の古代史の棚に戻せばよいのでしょうか?」


「その通りだ。君は自分に自信がなく、己を卑下する嫌いがあるが、その優秀な記憶力や誰かのために何かをしようという気持ちは誇れるものだよ。中々優秀な助手を持てて、私はとても好ましく思っている」


 そう言って颯爽とカウンターを出て行ったルイーゼは、思わぬ賞賛に紅潮するドロシーに優しげな視線を向けて本の森へと消えていった。

 普段あまり見せることのない黒髪の少女の微笑みに思わず口元が綻ぶ。


 随分と気に入られてるみたいだぞ、ドロシー。

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