第17話 新たな家族(女神暦1567年4月21日/アリーシャ騎士団カザン支部)

 壇上で恐怖と絶望に身を震わせる子供達。

 それに食い入るように視線を向けながら、莫大な額の金額を叫ぶ客達。

 色欲に塗れた欲望を垂れ流す肥満体の男。

 奴隷達を売り捌きながらニタニタとした笑みを司会台で浮かべる痩せた男。

 俺がくうかざす掌に浮かぶ黄褐色の魔法陣から、虚空に映し出されたそれらの反吐が出るほど胸糞が悪くなる映像を、石造りのとある一室で眺める。

 室内には無駄な調度品は一切置かれていない殺風景な光景が広がり、部屋の隅に置かれた机に座った文官が映像を確認しながら書類に文字を書き綴る音が静かに響く。

 そして、室内の中央に設置された机の側に用意された椅子に腰掛けながら、俺は対面で実に不機嫌そうに眉根を寄せながら映像を眺めている女性騎士に視線をチラリと向ける。

 騎士領の甲冑を纏ったワインレッドの髪をショートヘアにした少女は、映像を見せて以降終始苛々とした面持ちで机を小指で叩いていて、気軽に声を掛けられるような雰囲気ではなく、非常に気まずいというか、居心地が悪い。


「おい、この映像に映っている連中で捕縛できていない人間の人相と個人名はまとまったか?」


「はい、こちらに」


 文官が書き上げた書類に素早く視線を這わせた少女は、


「問題ない。リストにした者達は即刻指名手配だ。手配書の印刷と懸賞金の額は規定に則って決めろ。手配書が完成次第、領内の騎士団支部と衛兵詰所に配布しろ。それが終了次第、都市の大広場から村の寄合所まで、民衆達の目の届く場所にも配送しておけ」


 手早く指示を出し終え、上司と情報提供者として招かれている俺にも折り目正しく一礼した文官の青年は、すぐに退出していった。

 年季の入った鉄扉が鈍い金属音を立てながら閉ざされ、室内を満たしている空気が一層重くなった気がする。

 アリーシャ騎士団カザン支部。

 俺が現在いるのは、カザンの東市街に位置する年季の入った三階建ての建物の地下の一室だ。

 ガイオンを倒した後にゼルダ達と合流を果たした俺は、重要参考人としてこの場所に出頭することになった。

 同じく重要参考人として招かれたゼルダも別室で事情聴取を受けている筈だが、ペルテ国時代には拷問部屋として使用されていたらしいこの部屋は、拭いても落ちない程ベッタリと付着した血痕が床や壁に見受けられるので、全く落ち着ける感じがしない(他の取調室は今回の事件で捕縛された招待客達で満員御礼状態らしく、現在は使用されていないこの部屋に通された)。

 それに取調官として来室してきたこの少女は、映像を開示した途端仏頂面でそれを閲覧し続けていたので、どうにも会話の糸口が掴み辛い。

 うーん、どうしたもんかな。何か気に障るようなことしたかな?

 首を傾げるが、全く心当たりがない。初対面だし。

 そんな風に思い悩んでいると、そんな俺の態度に気付いたのか、眼前の少女はばつの悪そうな顔で俺に軽く頭を下げる。


「その、悪かったな、折角苦労して撮って来てくれた証拠を不機嫌そうに見ちまって。俺はガキの頃に奴隷だったから、昔の自分を見てるみたいで少し気持ちが荒れちまった」


「いや、俺は別にそこまで気にしてないから、そんなに気に病まないでください。俺もそうとは知らずに、失礼な態度を取っていたかもしれないし」


「そ、そうか。すまねえな。あと、タメ口でいい。ゼルダのダチなら、アンタが信用に足る人間だってのは明白だし、そう肩に力をいれて畏まらなくていいからよ」


「わ、分かった。なら、俺もアレンと呼んでくれると嬉しいな」


「分かったよ、アレン。今回の情報提供のおかげでこの都市に巣食っていた奴隷売買の根城を一つ潰すことができた。本当に礼を言う」


 先程とは打って変わって殊勝な態度で改めて頭を下げる少女を目にして、俺は最初に感じた第一印象を上方修正する。

 結構怖い感じの人かと思ったが、真摯に謝罪の気持ちを伝えてくるその姿は彼女の真っすぐな心根を感じさせる。

 言葉遣いや物腰に関しては、同じ騎士団出身者のゼルダと比較すると荒々しいところが目立つが、彼女の場合は丁寧な話し方に不慣れそうな所感がしたし、普段からこういった口調なのだろう。

 そう思えば、今までの居心地の悪い空気も気にならなくなってきた。


「名乗るのが遅れたが、俺の名前はマルガ=デリンガーだ。このカザン支部の支部長を務めてる。ゼルダとは士官学校時代からの同期だし、アレンのことも随分と信頼してたみたいだから、アンタの身元を根掘り葉掘り問い詰める気はねえから安心してくれ」


「ああ、分かった。ゼルダの同期って言ったけど、今も付き合いはあるのか?」


「アイツが騎士団を辞めて、廃村状態になったアルトの村で暮らし始めてからもたまに顔は合わせるし、飯に誘ったりはしてるよ。アリーシャからも気に掛けてほしいと言われちゃいるが、ほとんど俺が会いたいから会ってる感じだな」


 ざっくばらんな態度で破顔するマルガに俺も口元が綻ぶ。

 どうやら生真面目で色々と自分で抱え込みがちなあの少女騎士の周りには、多くの仲間がいるようだ。

 そのことが確認できただけでも、俺は十分満足だった。


「さてと、少し脱線したが、今回のゲルグ邸での奴隷オークション事件の顛末てんまつについて説明させてもらうが、一旦休憩を挟んだ方がいいか?」


「いや、休憩はなしでいい。気遣ってくれてありがとう」


「分かった。俺はこういう口調が染みついてるから、言葉が荒っぽいのは多めに見てくれよ」


 マルガが話した説明を要約すると、招待客のほとんどは拘束され、奴隷の子供達も無事全員保護されたらしい。しかし、屋敷の所有者で『従僕せし餓狼ヴァイ・スレール』に多額の資金援助を行っていたゲルグと数名のギルド構成員達は、邸宅内に密かに造られていた隠し通路を通って脱出したらしく、現在も消息が掴めていないそうだ。

 今後は『従僕せし餓狼ヴァイ・スレール』の幹部だったガイオンを尋問に掛けて、奴隷売買の顧客やギルドのアジトの場所等、知っていることを洗いざらい自白させてゲルグの捜索にも力を入れていくらしい。

 ゲルグを取り逃がしたことに口惜しい気持ちがあるが、奴は今回の一件で大銀行の経営者からは失脚した上、全ての資産を騎士団に差し押さえられたそうなので、再び奴隷売買に手を染めるための元手もない状況のようだ。

 少なくとも、しばらくは奴隷売買に深く関与できるほどの影響力は失っている状態なので、奴の毒牙にかかる子供達が当面の間出ることはなさそうなのがせめてもの救いだろう。

 他には、事件解決の協力を賞して後日感謝金が贈られることを含めた細々とした連絡事項と、情報提供に対する感謝の言葉を何度も告げられ、この日は帰らせてもらえることになった。

 全ての説明を受け終わり、グッと腕を伸ばして凝り固まった体をほぐすと、長々とした説明を終えて若干お疲れ気味のマルガが、おずおずとした様子で声を掛けてくる。


「なあ、アレン。最後に伝えておかないといけないことがあるんだが……」


「うん? 何か伝え忘れていたことでもあるのか?」


「伝え忘れというか、話の切り出し方に迷ってたんだが……。やっぱり単刀直入に言わせてもらうぜ」


 そこで一度言葉を区切り、勝気な性格の彼女には似つかわしくない萎れた表情で、



「アレンが買った三人の奴隷なんだが、あの娘達をアルトの村で引き取ってくれねえか?」








「……で、私達の村でこの娘達を養っていくことになったのね、アレンパパ」


「ああ。どこの孤児院も火の車状態で、三人一緒に預かってくれる所がなかったみたいだってマルガが言ってた。あと、パパはやめてくれ」


「え~、いいじゃない。三人共、バラバラの場所に引き取られるよりもアレンとゼルダの所で暮らしたいって言ってくれたんでしょ? 嬉しいことじゃない、ゼルダママ」


「部屋に空きはあるし、フローラのフルーツと野菜のおかげで当面の生活費は賄えそうなので、別に三人を引き取ることに異論はないしな。あと、ママはやめてほしい」


 冒険者ギルド『四葉の御旗フォルトゥーナ』のギルドハウス。

 アンティーク調の家具がセンス良く配置された一階の居間で、からかい混じりの笑みを漏らすカレンに、俺とゼルダは苦笑する。

 自分も養っていく側にいることをもう少し自覚してほしい。

 だが悪びれた様子もなくにこやかな笑顔を浮かべる彼女は、ソファに腰掛けている俺とゼルダの間にチョコンと座り込む小柄な金髪の少女に微笑ましげな視線を向ける。

 ゼルダの服の袖口をクイッと小さな指で摘まんでいた少女は、おずおずと首を左右に振り上目遣いで、


「……パパ? ママ?」


 ……思わず抱き締めそうになったが、流石に自重した。

 俺は軽く咳払いをし、どこか舌足らずな口調と庇護欲を刺激する愛くるしさに撃沈したゼルダが少女に愛おしそうに抱き付く姿を横目に、頭の中を整理する。

 聴取の終盤でマルガに頼み込むように頭を下げられた時は、どうしたものかなと思ったが自然と後悔はない。

 カザン支部の騎士団に一時保護された奴隷の子供達は、劣悪な環境で過ごし続けたことによる精神的疲労と、十分な食事を与えられていなかったことによる栄養不良を鑑みて、個人に対する詳細な聞き取り調査は保留になったらしい。

 そして、子供達全員が全員寝泊りできるほど宿舎の空き部屋に余裕のない騎士団は、カザンや周辺の村落に点在している孤児院に子供達を預かってもらえるよう打診したが、半年前のクーデターやペルテ国時代の圧政によって増加している大量の孤児を抱える施設ばかりだったそうだ。

 無理を言って引き取ってもらうことはできたそうだが、俺とゼルダが落札した三人の奴隷の少女達は詳細な事情は分からないが互いに離れ離れになることを異常に嫌がったそうで、結果的にどこの孤児院にも入れなくなってしまった。

 そして驚くことに三人は、もし迷惑でなければあの屋敷から外の世界に連れ出してくれた二人の恩人達の側で暮らしながら恩返しをしたいという要望を騎士団に伝えたらしい。

 彼女達が無理に恩返しなどをする必要はないとは思うが、その場の勢いとはいえ、自分の金で購入する形になってしまった少女達だ。

 そのまま放りっぱなしというのもどうにも気が引けるし、路頭に迷わせるようなことになれば罪悪感に押し潰されるだろう。

 俺はゼルダとカレンに相談し、迷うそぶりも見せずに申し出を快諾した二人に感謝しながら、新たに増えたアルトの村の住人に驚きの声を上げたマーカスの馬車に揺られ、アルトの村に帰還したのだ。

 なんか、スゲー濃すぎる一日だったな。

 そう内心で嘆息すると、廊下に通じる木戸の方へ視線を送る。


「今ってニーナが他の二人の服のサイズとか測定しながら、それに合う服を見繕ってるんだよな?」


「うん、この娘達が着てるボロボロの貫頭衣みたいな服を着続けるのも可哀想だし、先に測定と服選びを終えたシャーロットちゃん以外の二人はまだ時間掛かるかもね」


「ニーナの店で取り揃えている服ならバリエーションも豊かだから、服選びも難航するかもしれないな」


「そうか。なら、俺もセレス達の手伝いに行こうかな」


 そう言って、ゼルダに優しく抱きすくめられているあどけない少女の頭を軽く撫でると、ゆっくりと腰を上げる。


「ねえ、私も何かお手伝いしようか? ルイーゼやセレスとも色々お話してみたいし」


「それには私も同意する。フローラとは話す機会も多かったが、後者の二人とはまだそれほど話せていないしな」


「いや、ゼルダとカレンはここで座って待っていてくれ。ルイーゼとセレスも夕飯の時に改めて紹介するよ」


 俺はそう軽く断りを入れ、居間の奥にある厨房の方へ足を向ける。

 軽く開いた出入り口の扉からは、


 パチパチッ!

「あっつっ! 油がめちゃくちゃ跳ねたんだけど!」

「十分に水気を拭き取っていない鍋で揚げ物をすれば、油が跳ねるのは当然のことだろう。君はそのヒラヒラした衣装と同様に、頭の中までお花畑だったのかね?」

「言ったわね、活字中毒女! 表出なさいよ!」

「フローラ様、ルイーゼ様。元気なことは大変喜ばしいことではありますが、口よりも手を動かしてくださいませ。ご夕飯の時間に間に合わなくなってしまいます」


 と、かしましく騒ぐ三人の『隷属者チェイン』の少女達が、自由を取り戻した元奴隷の少女達の歓迎会用の料理作りに奔走する声が漏れ聞こえてくる。

 俺の『隷属者チェイン』達をゼルダ達に紹介するつもりで召喚した彼女達は、奴隷の少女達の話を聞いた際、セレスを筆頭に歓迎会&慰労会を開いて俺達や少女達の労を労うことを提案してくれたのだ。

 俺達は疲れているだろうから居間で待っていてくれと言われたが、やはり俺も何か軽くつまめる物でも作りたい。

 今回の事件では、『隷属者チェイン』の少女達の力に大いに支えられた。

 フローラとの『魔装化ユニゾン・タクト』のおかげで、ガイオンを倒すことができた。

 ルイーゼの【転写眼】スキルのおかげで、奴隷売買の決定的な証拠を押さえることができた。

 セレスが『従僕せし餓狼ヴァイ・スレール』の構成員達と交戦してくれたおかげで、騎士団突入までの時間を稼ぐことができた。

 労を労われる資格は、彼女達だって十分満たしているのだ。

 なら、彼女達をもてなすための料理を作ったって、会の主旨に沿っていると言える筈だ。

 俺は厨房へ続く扉を開け、食欲をそそる芳香が充満した室内に入る。


 野菜と豚の腸詰を入れたスープを寸胴鍋でグツグツと煮込み、時折木べらで食材を混ぜるセレス。

 油の跳ねを警戒して及び腰になりながらも、カリカリに揚がっていく揚げ物を満足げに見詰めるフローラ。

 切り口やカットされた大きさは不揃いではあるが、猫の手で不慣れな包丁で野菜を刻んでいるルイーゼ。


 彼女達が一生懸命に大切な人達に振る舞おうと調理をする光景に微笑ましさを感じながら、俺もその温かな光景の中の一部に加わることにした。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る