第11話 招待状(女神暦1567年4月21日/アップルトン商会カザン支店)

「言い値で全部買うニャ。これはうちの目玉商品になること請け合いニャ」


 俺達が収穫したフルーツを試食したニーナは、その場でそう堂々と言い放った。

 カウンターには食べやすい大きさにカットされたフルーツが皿に盛られており、皿の上に載ったそれらを猛烈な勢いで食べまくったニーナは若干ポッコリと膨らんだお腹に視線を下ろして若干気にしながら、俺の肩に両手を置いてくる。


「最高に美味かったニャ! 是非ともうちで独占販売したいニャ!」


 グイグイと顔を近づけてくる猫耳娘にたじろぎそうになるが、ゼルダ達と事前に取り決めておいた売却金額を思い出す。

 俺はそっとニーナの耳元に顔を近づけ、希望の値段を告げる。

 すると、ニーナは尻尾を千切れるのではないかと思うほど激しく揺らし、天使を拝むような目で抱き締めてくる。


「そんな値段で卸してくれるニャンて、アレンはマジで優しい男の子だニャ! これからもアップルトン商会カザン支店を贔屓ひいきにしてほしいニャ! これからは全品20%オフでお買い物できるように便宜を図らせてもらうニャ!」


「いや、そこまでしてもらうのは流石に申し訳ないというか……」


「遠慮しなくていいニャ。う・ち・の・み・せ・だけに、このフルーツを卸してさえくれれば、その程度のサービスなんて朝飯前ニャ」


「あ、ああ、じゃあ、これからもお世話になります」


 思わずそう返答してしまい、ハッとなっとるが既に後の祭りで、ニャへへへへ、と高笑いしながら指折り数えて今後の店の売上について想いを馳せて金勘定を始めたニーナに、「やっぱなしで」と断りを入れる雰囲気ではなくなってしまっていた。

 勝手にこの店だけで取引することになっちまったけど、大丈夫かな? とりあえず、ゼルダとカレンに相談を……。

 商売熱心な猫耳少女の勢いに押されてしまったが、アルトの村の主要な農産物になっていくだろう品の取引なのだから、俺の一存でどうこうしてしまうのは何か違う気がする。

 店内にサッと視線を巡らせると、カレンはニーナに出してもらったお茶請けの焼き菓子と砂糖多めの紅茶で優雅なティータイムに突入していて、どことなく声を掛け辛い。

 くっ、やはりここはゼルダに頼るしかない!

 最後の頼みの綱であるゼルダに目を向けると、店内に展示されていた白を基調とした清楚なドレスの前で、「こ、こういう服は、私のような堅物女にはに、似合わないのだろうなぁ。し、しかし、い、一度くらいは、こういう服も着てみたい気も……」、と小声で呟きながら、何度も視線をフリフリのレースを施したドレスに向けてモジモジと煩悶はんもんしていた。


「……なあ、ニーナ」


「はい、何ですかニャ、アレン様?」


「いや、様は付けなくてもいいよ。ちょっと、教えてほしいことがあるんだけど?」


「何かニャ?」


「……あのドレスっていくらぐらい?」


 そう言った瞬間、ニーナはドレスの前で瞳を輝かせながら悩ましげな雰囲気を醸し出しているゼルダを一瞥いちべつし、ニヤニヤと訳知り顔で俺の背中を軽く平手で叩く。


「アレンは本当に優しい男の子だニャー」


「い、いや、俺は別にそんなことは」


「みなまで言わなくてもいいニャ。あのドレスの値段は……」


 ニーナが提示した金額は定価の20%分を差し引いても結構な額だったが、俺はその場で購入を決めた。

 『ブレイブ・クロニクル』での貯蓄金がこの世界の通貨に変換されていたおかげで今のところは懐も温かいし、大きな出費も一度くらいなら大丈夫だろうというと思ったのもあるが、今まで華やかな服装とは無縁の人生を送ってきたゼルダにも、ああいった女性らしい物を身に付ける経験をしてほしいなあという、個人的な願望があったのが大きかった。

 民衆のために戦い続けた高潔な騎士。

 大切な人々を目の前で全て喪った可哀想な女の子。

 そんな、一人では到底背負いきれない程の重荷を背負った彼女にも、年頃の女の子らしく綺麗な服に心奪われるひとときがあってもいい筈じゃないか。









 異世界での初めての買い物を終えた俺は、後でカレンやフローラ達にも何か贈り物を用意しようと内心で決意し、お茶とお菓子を堪能したカレンと、名残惜しそうにドレスをチラチラと見遣るゼルダに商談の結果を伝えた。

 俺に商談を任せっきりにして、思わずそれぞれ好きな時間を満喫してしまったことにペコペコと頭を下げられたが、彼女達もここ最近は村の復興作業とそれに必要な物資の買い出しが重なってしまい、友人の営むこの店に立ち寄るのは久しぶりだったとのことだったので、テンションが上がってしまうのは仕方がないだろう。

 「気にしなくていい」と軽い調子で答え、ニーナに今後もフルーツをこの店に卸すことを確約すると、あまり店内に長時間居座るのも迷惑だろうと、彼女に軽く簡単な挨拶と会釈をして店の玄関に足を向ける。

 だが、朗らかな笑顔でこちらを見送ろうとしていたニーナは何かを思い出したようにハッとした表情になり、「ちょっと待ってほしいニャ!」と言ってカウンターの引き出しから封筒を取り出して、それをこちらに持ってくる。

 怪訝そうにゼルダ達と顔を見合わせていると、ニーナは苛立たしそうに鼻息を荒くしながら掴んだそれをこちらに差し出してきた。


「ゼルダ達が来る前に来店した貴族の若夫婦が店を出て行った時に、床に落ちていたのニャ。散々冷やかした挙句、『こんな貴族と庶民の品をごった煮にしているような店になど二度と来ない』って捨て台詞吐いて出ていったから、店の方で預かっていてもどうせ戻ってこないだろうし、町を散策するついでに衛兵隊の詰所に忘れ物ってことで預けに行ってほしいニャ。貴族宛ての書状みたいだから、きっと取りに行くと思うニャ」


 その貴族夫婦に対して余程腹に据えかねているのか、眉にしわを寄せて憤慨するニーナは、「こんなの店に置いたままだと、あの連中の小憎たらしい顔がちらついて、精神衛生上良くないニャ」と言って、蜜柑色の尻尾をピンっと逆立ててプンプンと頬を膨らませていた。


「忘れ物とかって、衛兵がいる詰所に届けても問題ないのか?」


 衛兵隊と言えば都市の治安維持のために日々鍛錬に励んだり、定期的に市中を巡回して犯罪の抑止に精を出しているイメージがあるので、こういった物事を頼んでも邪険にされたりしないのだろうか。

 だがゼルダは、「別に問題はない」とコクンと頷く。


「衛兵隊の主要業務は都市の防衛や治安維持だが、事務部門では市内や市中の店舗内での紛失物も受け付けている。都市内で何かを紛失してしまった場合は、住民や都市の外部から来た人間はまずそこに立ち寄ることも多い。その夫婦とやらも、それが大切な物なら毛嫌いしている店より詰所の方へ先に向かうかもしれないしな」


「私もたまにお世話になってるよ」


「分かった。じゃあ、そいつは俺が預かっておくよ。あとカレンは、今後自分の持ち物の管理をより気を付けるように」


 ニーナから封筒を受け取ろうと手を伸ばし、彼女もそれを渡そうとするが手が滑ったのか封筒が床に落ち、中に入っていたカードのような物が零れ出る。


「す、すまんニャ」


「いいよいいよ、床も丁寧に磨かれてるから汚れとかも付いてないだろうし、ちゃんと元に戻せば」


「私も手伝おう」


 俺はカードが入っていた封筒を拾い、ゼルダがカードの方を拾い上げる。

 封筒に何気なく視線を這わせると、飾り気のない首輪を嵌めた頬のこけた犬のエンブレムが描かれた封蝋が押されていたが、既に開封済みだったようなので、中身が簡単に零れてきたのだろう。

 しかし、随分と悪趣味というか、見ていてあんまり気分が良くないな。

 他人の持ち物にケチを付けるのはお門違いだとは思うが、貴族相手に送る物にしてはあまり相応しくないような気がする。

 まあ他人の持ち物だし、俺がどうこう言うことでもないよな。さっさと届けに行くか。

 とりあえず、ゼルダからカードを渡してもらおう。

 そう思いゼルダの方へ向き直るが、そこで思わず首を傾げる。


「……」


 彼女はカードに、剣呑な顔つきで睨み付けるような視線を落としていた。

 他人宛ての郵便物を興味本位で覗くような性格ではないだろうから、拾った拍子にカードに書かれた文面がたまたま目に入っただけだと思うが、その表情は俺が今までみたことのないほど険しい。

 もしかしたら、軍人時代のゼルダはこういった表情を浮かべることも多かったのかもしれない。


「カレン、どうしたの? 何か書いてあったの?」


「ゼルダ、何か気になることでも書いてあったのか?」


 カレンと俺が共に尋ねてみると、ゼルダは重く口を開いた。




「これは、カザンで開催される奴隷のオークションへの招待状だ」




 その発言に皆が唖然となる。


「ニャニャ!? 奴隷のオークション!? 奴隷売買はペルテ国がなくなってから、アリーシャ様が廃止した筈ニャ!」


「そ、そうよ。昔は奴隷売買はこの国で当たり前にあった制度だけど、ゼルダ達がなくしたんでしょ!?」


「奴隷制があったことはゼルダが馬車で説明してくれたけど、もしかしてまだ完全には根絶されてないとか?」


 俺が漏らした声に、ゼルダは口惜しそうに歯を食いしばる。


「制度自体は廃止されて奴隷商人達のほとんどは塀の中だ。しかし、クーデターから半年しか経っていない今はどこも人員不足が深刻でね。国境警備の士卒の数も足りていないせいで、監視の目の少ない山岳地帯や森林地帯から、奴隷売買を専門とした闇ギルドが領内に潜り込んでいると以前衛兵隊の詰所で小耳に挟んだことがある」


「それじゃあ、そいつらがカザンに入り込んで、違法な奴隷売買を行おうとしてるってことか?」


「恐らくは。カードに記載された住所は富裕層の暮らす高級住宅地のものだ。そこに居を構えている富豪辺りがパトロンとなって、自分の屋敷をオークション会場として闇ギルドに貸与しているのかもしれない」


「そ、それじゃあさっさと詰所の方に連絡して、強制捜査で踏み込んでもらえば解決ニャ!」


 名案だとばかりに声を上げたニーナにカレンも賛同するように首肯する。

 俺もそれはいい案だと思ったが、苦々しく口元を歪めたゼルダは、


「あの辺りに在住している連中の中には、都市の経済を担っている重鎮が多い。その邸宅に押し入ろうと考えると、更に決定的な証拠を掴まないと衛兵隊も突入するのを躊躇ちゅうちょするだろう。この招待状だけでは隊を動かす材料としては少し弱いな」


「そ、そんな……。じゃあどうしたら?」


「なので、私から提案がある」


「「えっ?」」


 同時に疑問符を浮かべるカレンとニーナに対し、俺はなんとなく嫌な予感を感じて背筋が少し冷える。

 奴隷制度をなくすため、一国家相手に獅子奮迅の活躍で喰らい付いたのが彼女だ。

 奴隷売買が今も根深く残っていると知れば、無謀な賭けや危険な行動に打って出る可能性もある。

 その時は彼女を制止するか、全力でバックアップすることを決意しなければならない。

 そして、彼女は厳かな口調で宣言した。



「オークション会場に潜入し、より決定的な証拠を確保して、奴隷売買に関わった者共を一斉検挙する」


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