第10話 交易都市カザン(女神暦1567年4月21日/交易都市カザン)

 赤煉瓦造りの瀟洒しょうしゃな建築物が視界の端をちらつき、そして視界の外へ流れていった。

 大きな鉄串に吊るされた豚の丸焼きを売る露店の周りには、袖口を大きくまくり上げた大柄な男達が豪快な笑い声を上げながら、肉汁が滝のように溢れ出す豚の肉にガブリと実に美味そうにかぶり付いている。

 カンカンと、大きな鉄槌で剣を打つ鍛冶屋の通風孔からは凄まじい熱気が漏れ出してきていて、時折出入口からはおつかいを命じられた徒弟の小僧が狭い路地の間を荷物を抱えて走り抜けていく姿も見えた。

 独特の甘い芳香を天窓から垂れ流している店の店先では、露出の高い衣装を纏った踊り子達が道行く男性達に色香を振り撒いていた。

 一言で言えば、雑多。だが、この多種多様な職種の店や統一性のない衣服を纏った人達の様子を窺ってみると、戦の爪痕が色濃く残る都市にしては活気と喧騒に満ち溢れていた。

 大通りを安全運転で徐行しながら進む馬車の破れたほろの隙間から、道行く人々や建物を覗き込みつつ、意外そうな声を漏らす。


「戦場になった都市にしては、随分と賑わってるんだな」


「ここは大通りだからな。商店や銀行等の生活の基盤を支える場所が軒を連ねているから、復興作業も急ピッチで進んだので、初めて訪れた者はそう感じるだろう」


 隣でそう言葉を紡いだのは、レモン色の髪を腰元まで伸ばした鎧姿の少女、ゼルダだ。

 カザンへの到着時間が大幅に遅れたため(道中でマーカスが馬に水を飲ませるために停車したり、用を足してくると言って長めに席を外したことが原因だ)、先程までは涙を流して赤くなっていた目元も普段通りの色合いを取り戻していた。

 和気藹々わきあいあいと道端で話し込む主婦達や、親から貰った小遣いを握り締めた子供が露店で菓子を購入して大喜びする姿を見て、ゼルダは口角を上げて嬉しそうに笑う。


「カザンは騎士領の陸の交易の大部分を担う交易都市だ。南方にあるロクレールという港町で荷揚げされた食料品や日用品や嗜好品の多くは、この都市に流れ込んでくる」


「可愛い服とか、砂糖をまぶしたパンとか、色々な誘惑が沢山あってついつい財布の紐が緩んじゃうのよねえ」


 御者台から身を乗り出して、荷台の前方を覆う幌の隙間から顔をヒョコンと覗かせたカレンが悩ましげな声を漏らす。


「おい、カレン。会話に混ざるのは結構だけど、そんなことしたら危ないんじゃないのか?」


「大丈夫! 落っこちないようにマーカスが、私の服を片手で掴んでくれてるから!」


「大丈夫じゃねえ。長時間お前のために片手を塞いだままってのは、結構面倒なんだぞ。大人しく座ってろ」


 マーカスにクイッと服を引っ張られて強制的に定位置に戻されたため、カレンの顔が引っ込み、またゼルダと二人になる。

 もう二人っきりという状況にドキマギする段階も馬車の旅の間に越えたため平静でいられるが、互いに泣き顔を晒し合い、場の雰囲気に飲まれて何やら小っ恥ずかしい台詞せりふを吐いた覚えもあるので、少しだけ気まずさを感じる。

 幸いゼルダの方はそこまで俺の方を意識はしていないようで、いつも通りのクールさを取り戻している。

 たまに視線が合うと、何故か慌てて顔を逸らされることもあるが。

 う~ん、ゼルダを支えられるように頑張ると言った以上、もっと頼れる男にならないとな。

 そう考えると、召喚士としてのスキルの上手な運用方法を考案すべきかと思うのだが、一人の男性としてもゼルダをサポートできるようになっていきたい。


「……とりあえず筋トレ? いや、それよりも勉強で教養を身に付ける方が先か?」


「? アレン、急にブツブツ独り言を呟き出してどうしたんだ?」


「い、いや、何でもない。気にしないでくれ!」


「そ、そうか、了解した。それより、もうすぐフルーツを売り込む予定の商会の商館に到着するようだ」


「おっ、もう着いたのか。町並みや通りの様子に気を取られてて気づかなかった」


 御者台に座るマーカスが、「ほら、あそこだ」と指差した先を見遣ると、そこには所々に銃創の痕が目立つ煉瓦造りの小さな建物が建っていて、周囲で営業する他の店舗と比較すると少々……いや、かなりみすぼらしい外観をしている。


「……本当にあそこ?」


 思わず本音が出た。


「戦争の銃撃戦の痕が残る店舗を安く買い上げたらしいから外見はアレだが、店主は信頼できる人物だぞ」


「ニーナちゃんでしょ? 最後に会った時は貴族の顧客から散々お店の見た目のことを馬鹿にされた後で、めちゃくちゃ悪態ついて不機嫌さマックスだったけど」


 本当に大丈夫なんだろうか……。

 あの店の主人と二人は顔馴染みのようなので、あくどい商売をしている人間ではないと思うが、どうにも先行きが不安だ。

 もし仮に自慢のフルーツを安く買い叩かれたりすれば、フローラのお叱りを受けることは必至だ。

 ナチュラルに疑念を孕んだ顔つきになっていたようで、ゼルダが気遣うように肩を叩いてくる。


「まあ、実際に会ってみれば分かるさ。アレンには、このフルーツの荷下ろしを手伝ってもらうが、問題ないか?」


「ああ、勿論。それぐらいなら、お安い御用だ」


「この辺りで停めるぞ」


 馬車は店先の路肩で静かに停車し、俺達は大量のフルーツが収まった木籠を手分けして店の傍に下ろしていく。

 そして全てのフルーツの荷下ろしが終了すると、作業を手伝ってくれたマーカスに乗車賃と数個の林檎を手渡し、「俺は外壁の外の原っぱで昼寝してるから、帰りたくなったらそこに向かってくれ」と言って馬車を走らせて去っていった。

 ちなみに、カザンは都市全体をグルっと囲うように石造りの外壁が走っており、外壁の外では遠方へ向かう旅人や商人をメインの客層に据えた馬車便にも停車しているそうで、マーカスもそこでよく商売をしているらしい。

 カザンの市中を適当に流して乗客を乗せたりすることもあるが、アルトの村とカザンを結ぶ定期馬車を営んでいるたった一人の御者であることから、実入りが良い筈の市中での営業を行わない日も多く、基本的にゼルダ達を優先してくれているそうだ。

 マーカスを見送った俺は、勝手知ったる様子でドアを開けて入店したゼルダ達の背中を追い、店の敷居をまたぐ。

 ボロボロの外観から若干の不安を感じていたが、その不安は一瞬で掻き消えた。

 丁寧に掃除が行き届いた店内にはほこり一つ見当たらず、店内の右に置かれた指紋一つないショーケースには精緻な意匠が彫られたロケットや銀の懐中時計が展示されている。

 他にも、香ばしい香りを放つライ麦パンや焼き菓子や燻製肉といった食料品、貴族の屋敷にあるような瀟洒な茶器や絵画やタペストリー、良家の子息や子女が身に付けるような清楚なドレスや清潔感のあるスーツ、庶民が着るようなお値打ち品の服まで、幅広い種類の商品が並んでいた。

 異世界の店なんて初めてだから、他の店がどんな感じなのかは分からないけど、これだけ色々な物が置いてある店なんて珍しいんじゃないか?

 商品の中には一体どうやって使用するのか予想できない珍妙な物もあったが、店の棚に本が並んでいるのを発見して、息を飲む。

 異世界の文字なんて一文字たりとも知らない俺にも、背表紙に書かれたタイトルの文字が判読できるようになっていたのだ。

 やっぱり、ルイーゼのスキルは異世界で暮らしていく上では有能なものばかりだな。

 ルイーゼによって『スキルホルダー』スキルの使用がこちらの世界でも可能だと知った俺は、夜のうちに『スキルホルダー』にセットしていたスキルを交換し、なるべく日常生活を送る上で利便性の高い組み合わせに変更してみた。


1.【鑑定】スキル(ルイーゼの所有スキル)

2.【言語学】スキル(ルイーゼの所有スキル)

3.【転写眼】スキル(ルイーゼの所有スキル)

4.【植物再生】スキル(フローラの所有スキル)

5.【透過】スキル(セレスの所有スキル)


 【言語学】スキルのおかげで、こっちの世界では文章を読んだり、その内容を理解するのは問題なさそうだ。

 【転写眼】スキルは、自分の視界に映る光景を写真のように保存しておくことだできるスキルだ。

 そして、異世界に来てからはまだ召喚してはいないセレスの持つ【透過】スキルは、物体をすり抜けることができるようになるスキルで、『ブレイブ・クロニクル』ではダンジョン探索での道順のショートカット等に使っていた。

 頻繁に愛用していたスキルなのでついつい入れてしまったが、実際に使う場面に遭遇することはそうそうないのかもしれない。

 まあ、後で調整し直しても問題ないだろう。


「おーい、ニーナちゃん、遊びに来たよー!」


「おい、カレン。私達は遊びに来たのではなくて、商談に来たのだぞ」


「あっ、ごめん。つい、いつも通りの感じで呼んじゃった」


 俺が店内の商品に見惚れたり物思いにふけっている間に、2人はカウンターの奥にある扉に向かって声を掛ける。

 数秒後に出てきたのは、所謂いわゆるキャスケットと呼ばれる昔の新聞配達人がよく被っていたらしい前方にツバのある帽子をチョコンと被った蜜柑色の髪をショートボブにした猫耳の少女だった。

 ポケットにメモ帳や文具を詰め込んだジャケットを羽織り、ジャケットの下に着用した黒っぽい薄い生地の服はへその上辺りで途切れていて、ジャケットの合間からくびれたお腹が顔を出している。

 動きやすそうなハーフパンツの後ろからは髪の色と同じ毛色の尻尾が左右にせわしなく揺れており、ゼルダ達の姿を一目見るや人懐っこそうな笑みでカウンタ―に駆け寄ってくる。


「カレンにゼルダだニャン! 久しぶりだニャア! 最近は中々来てくれないから、心配してたのニャ!」


「久しぶりニーナちゃん。最近は遺跡の探索とか村の復興作業で忙しくて」


「顔を出すのが遅れてすまなかった。元気だったか?」


「まあ、元気といえば元気ニャけど、今日はいけ好かない貴族の若夫婦が冷やかしに来て、商品に理不尽なクレームばかり付けてくるから、営業スマイルを崩さないようにするのがマジきつかったニャ!」


 子猫が母猫に甘えるように擦り寄ってくるニーナの頭をカレンが撫でていると、「極楽ニャ~」と相好を崩していた猫耳少女はようやく俺の姿に気付き、目を見開く。


「ニャ!? この黒髪の男の子はお連れさんかニャ? 初めて見る顔ニャ」


「ああ、彼の名前はアレン。縁あって、私達の村で過ごすことになった少年だ。今日は彼の友人が作ったフルーツを君の店に卸したくてやって来たんだ」


「フルーツを卸す? それは商売の話ってことだニャ?」


「そうよ、すっごく美味しいフルーツだから、この店で売ればきっと飛ぶように売れるわ!」


「ほう、それほどの品なのかニャ。それは中々楽しみだニャ。早速、見させてもらうニャ」


 そう言ったニーナの横顔は、親しい友人と戯れる年頃の少女のものから、抜け目なく商機を見定める歴戦の商人のものに変わっていた。

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