十章
第1話 二ヶ月
うちの最寄駅から五駅先。鈍行で二十分のその駅は新幹線の停車駅でもあり、駅前にはショッピングモールやシネコンもあって、来ればいつも人混みでごった返していた。今日は特に、夏休みでちょうど昼過ぎとあって、駅の構内はまるでお祭り騒ぎのごとく賑わっている。
そんな賑わいをまるで人ごとのように眺めながら、俺は改札の向かいにある壁によりかかって佇んでいた。
――こうして、ここで香月と待ち合わせをするのは何度目だろう。
『カヅキ』と遊ぶのは大体、お互いの家の最寄駅の中間にある駅で。香月ん家の最寄駅――つまり、ここで待ち合わせをするのは、香月の家に行くときくらいなもんだった。
香月の家は駅から徒歩十五分。大通りを十分ほど北へ向かい、コンビニのある角を折れて小路をしばらく進んだところにある。住宅街の中を抜ける小路も入り組んでいるわけでもなく、実に単純明快。小学生でも完璧な地図を描けるだろう道順だ。当然、俺も一回行って覚えた。
それなのに、だ。
『カヅキ』は必ず、駅まで迎えに来た。『もう道は分かる』と言っても、『散歩がてら』とか『買い物ついで』とか、いろいろとそれらしい理由をつけて。そんな『カヅキ』に疑問を持つこともなく、いつのまにか駅で待ち合わせして一緒に家に向かうのが当然になっていた……のだが。
今、思えば、もしかして――とつい、考えてしまう。あの理由も全部嘘だったんじゃないか……なんて。さすがに思い上がりかな、と一人で苦笑した。
そのときだった。
「あ」と惚けた声が漏れ、思わず、口許が緩む。
遠目でもそのシルエットにすぐ気づいた。すらりと長身で華奢で。ぴたりと体に張り付くような白の半袖のカットソーに、ふわりとなびく爽やかなミントグリーンの膝丈スカート。人波をかき分けるようにして改札のほうへと向かっていくその姿は、うだるような暑さの中に吹き抜ける一筋の風のごとく涼やかで凛として。一瞬で目を惹かれた。
周りの視線も集まって、彼女とすれ違う男が次々と振り返るのが傍から見ていてはっきりと分かって苦笑してしまった。あまり居心地の良いものではないな……。
しかし、当の本人は、そんな現象に慣れっこなのか、気づいてもいないのか、もしくは、最早どうでもいいのか……脇見も振らずに改札の前まで進むと、電光掲示板と腕時計を交互に確認してはうずうずとした様子で改札の奥を眺めていた。
そんな彼女に俺は背後からそうっと近づき、
「香月」
声をかけた瞬間、背負っていた黒のミニリュックをぴょんと弾ませ、彼女はばっと勢いよく振り返った。
さらりとなびく前髪はもう目元にかかることはなく。眉の辺りで切り揃えられた前髪の下、驚いて見開いた目は以前よりもずっとはっきり見えるようになった。優しげな眉も、くっきりとした二重も、深みのある黒い瞳も今はよく見える。――その代わり、ベリーショートだった後ろ髪は耳を隠すほどまでに伸び、ふんわりとしてすっかり柔らかな印象に変わった。
そして、俺の姿をその瞳に映し込むなり、ホッとしたように「陸太」と呼んで浮かべるその笑みは……あまりにも無防備で幼く見えて。あー、もう……! となんだかよく分からないが無性に叫びたい衝動に駆られた。
ほんの少し前まで、長い前髪をさらりと掻き上げ、ふっと不敵に笑う姿が様になっていたはずなのに。今じゃ、伸びた髪を慣れない手つきで耳にかけながらはにかむ姿のほうがしっくりくるくらいで。
付き合い始めて二ヶ月。デートもこれでまだ四回目なのだが……こうして香月と会うたび、あっという間に過ぎ去っていく時の流れを思い知るようだった。
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