第11話 よろしくね

 『落ちた』とか言うな! と遊佐を叱るべきところだったのかもしれないが。耳や首まで赤くして絢瀬に釘付けになるカブちゃんの様子を見ていて、なるほど――と思ってしまった。こうして人は恋に落ちるのか。なんだろう、実演販売でも見ていた気分だ。

 恋人繋ぎ……すごいな。


「ね、陸太くん! カンタンでしょ」


 出来立ての恋人繋ぎを前にドヤ顔を浮かべる瑠那ちゃんに、つい苦笑が漏れる。「そうだね」と口では言いつつ、内心では、どうだろう……と不安が募った。

 今まで恋人繋ぎを知らなかったわけじゃない。そういうものが存在していることも、やり方も一応、知識としてはあった。とはいえ、今までは他人事でしかなくて。

 こうしてを目の前にして、これを香月とやれ、と言われると……やはり気恥ずかしいというか。考えただけで背中がむず痒くなってくる。さっとスムーズに香月の手を取って、さりげなく指を絡めて『さあ、行こうか』なんて――誰だ、それ!? てレベルだ。香月の隣で延々と手をそわそわさせてあたふたとする自分の姿しか思い浮かばない。

 まずい。

 もうそろそろここを出て、香月との待ち合わせ場所に向かわなきゃいけないのに。どんな顔して会えばいいのかも分からなくなってきた。

 瑠那ちゃんの「もういいよ」という声で解けていく恋人繋ぎを眺めながら、焦りのようなものを覚えていた。

 陸太くんがそんなんだから、香月ちゃんに寂しい思いをさせるんだよ――という瑠那ちゃんの言葉が蘇る。ほんとその通りだわ、と視線を落としてひっそり自嘲を漏らしたとき、

 

「失敗してもだいじょうぶだよ」と励ますような声が聞こえた。「香月ちゃんは陸太くんが好きだから。手汗かいてても許してくれるよ」


 て……手汗!? って、いや……そんな心配はしてなかったんだが!?

 ぎょっとして見やれば、瑠那ちゃんがまっすぐに俺を見上げていた。


「瑠那は陸太くんのことは良く知らないけど……香月ちゃんのことは大好きだから、香月ちゃんにシアワセになってほしいんだ。――だから、陸太くん、香月ちゃんをよろしくね」


 溌剌と放たれた言葉に、思わず、息を呑んだ。

 香月をよろしく――なんて。そんなことを言われると思ってもいなかったから。

 そっか……『カレシ』ってそういうことなのか、と今更ながらに気付かされた気がした。香月がやりたい云々は置いといて……認めたくないが、遊佐の言う通りだ。結局、俺はまだ『お友達気分』でスタートラインにも立っていなかったんだ。

 覚悟とも言うべき自覚が足りてなかった。

 付き合ってからも、香月とただ遊ぶことしか頭になくて。香月を幸せにしようとか――それ以前に、何が香月の幸せなのか、とか……そんなことまでちゃんと考えてなかった。ほんと……情けなくなるほどに子供のままだった。


「いろいろ教えてくれてありがとう、瑠那ちゃん」ぐっと拳を握りしめ、俺は誓うような思いで瑠那ちゃんに言った。「これからは……もっとちゃんと香月のことを考えるよ」

 

 すると、瑠那ちゃんは「うん!」とまん丸の顔いっぱいに向日葵のごとく晴れやかな笑みを広げ、


「腕相撲はそのあとね」


 愛くるしく実に無邪気に釘を刺すように言われてぎくりとして頰が引きつる。

 それまで微笑ましく見守っていた絢瀬も、左手をずっと名残惜しそうに見つめていたカブちゃんも、途端にハッとして表情を強張らせ、隣で遊佐がぶっと噴き出すのが聞こえた。

 だ……大丈夫だよな。ちゃんと『腕相撲』の話……だよな?

 まあ、どっちにしろ――なんだろうけど。

 気まずさに身の縮む思いになりながらも、「そうします」と俺は苦笑して言った。

 



*五話ほどで終わらす予定だった氷上エピソードだったのですが、気づけば一章丸々使ってしまいました。次章はデート回です。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る