第5話 テレテル
「その顔って……!?」
え……なに? 俺、どんな顔してんの!?
ぎょっとして後退るが、すぐにその間を詰めるように香月は歩み寄ってきて、じっと俺の顔を覗き込んでくる。
「な……なんだよ?」
あまりに見つめられ、さすがに顔がムズムズしてきた。なんとか引き締めようとしてみるが……それでも、香月は変わらず、まじまじと見てくる。
そうして、しばらく俺の顔を観察してから、香月はぼんやりと呟く。
「陸太……照れてる」
「は!? て……テレテル!?」
「照れてる」今度は確信をもって言って、香月は瞳をぱあっと輝かせた。「陸太、照れてるんだ」
「な……なにを……言ってんだよ?」
「熱とかじゃ……ないんだ。私に触られて……照れてるから、そんな顔してるんだ」
いや、そんなこと冷静に分析するなよ! そんなこと言われて……どうしろっていうんだ!?
「照れてるんだ。――そっか、照れてるんだ」
「そういうことを……嬉しそうに、何度も言うなよ!」
「あ。ごめん、ごめん」
謝りつつも……香月は口元を押さえてクスクス笑って、全く反省している様子はない。それどころか、いつまでもニヤニヤとして、その表情は引き締まる気配はない。笑みが溢れるのが止められない、て感じで。
とにかく、この上なく楽しそう――いや、幸せそうだ。
こうなってくると、どうしようもなく気になってくる。いったい、俺はどんな顔してたんだ?
「そんな……変な顔だったのかよ」
ぼそっと訊ねてみると、香月はハッとして、
「全然」とふっと目を細め、意味ありげに妖しく笑む。「可愛かったよ」
「かわっ……!?」
またか、こいつは!?
「だから……イケメンオーラを俺に向けるなって! 可愛い、とか言うのもいい加減、やめろよ!」
「事実なんだから、仕方ないじゃん」
前髪を搔きあげ、そんなことをさらりと言ってのけるその姿こそ、イケメンなんだけど。たぶん、これは……素なんだろう、と思った。『
可愛い、なんて侮辱に近い言葉を吐かれつつも、どうしようもなく唆られるものがあって……胸が締め付けられた。
もう完敗だった。言い返す言葉も気力も出てこない。
そうして黙り込んでいると、
「照れた、てことは……嫌じゃなかったんだよね。私に触られたの」
ふいに、香月は視線を落として呟いた。
「あと少し。きっと、もうすぐ――克服できそうだね」と感慨にふけるようにしんみりと言って、香月は胸の前で自分の手を握りしめた。「そしたら……」
足元へと向ける眼差しは、微睡むようにぼんやりとして、心ここに在らず。口元にはうっすらと笑みが浮かび、夕陽に赤く染まったその表情は、ほっと安堵したように穏やかで。
そっちこそ、なんだよ、その顔は――て、言ってやりたくなるほどだった。
ぞわって鳩尾の奥が疼いて、思い出したように衝動がこみ上げてくる。
今すぐ、たった二歩のその距離を詰めて、抱きしめたい、て思ってしまう。
そうして、気づく。たぶん、俺はもう克服できてるんだろう、て。
もし、さっき、本当に女子の誰かに触られていたとしても、なんとも思わなかった気がする。気づきもしなかったかもしれない。
それどころじゃなかったから。
他の女子にどう思われているかなんて、どうでもよくなってて。今は、香月のことで頭がいっぱいで、そんなことを考える余裕すらなくて。
香月の傍にいると、もっと近づきたくなって、触れてみたくなる。その手が他の
次から次へと、そういう欲が溢れてくるのを感じて、それを抑え込むのに必死になる。
それなのに――。
香月は「ねえ、陸太」とあっさりと一歩踏み込んできて、俺に近寄ってくるんだ。真っ直ぐに俺を見つめ、無防備な笑みを浮かべて。
そして、言う。
「肉まん食べたい」
ん……?
いや。今、なんて?
「に……肉まん?」
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