第15話 キャプテンの告白①

「元カノと別れたときに、クラスの奴に無理やりダウンロードさせられて……ノリでちょっとやってただけなんだ」


 護に言われるままカラオケボックスから出て、歩道で向かい合うなり、護は真面目な表情でそんなことを言い出した。

 あまりにいきなりで。当然ながら、「は?」と俺は聞き返していた。


「な……なんの話……?」

「だから」と護は顔を赤らめ、言いにくそうに口ごもった。「『ラブリデイ』だよ」

「ああ……ツバサちゃん――」


 ぽつりとそう言っただけで、護はあたふたとし出し、まるで浮気でもバレた男のごとく「違うんだ」と必死に否定しだした。


「なんとなく選んだだけで、偶然っていうか……深い意味はないんだ!」

「深い意味って……」

「だから、頼む!」と護は切羽詰まった表情でぐっと目を瞑り、俺を拝むように両手を顔の前で合わせた。「香月には言わないでくれ」

「は……」


 なんで、香月……? そう言いかけて、俺は口を噤んだ。

 いや――さすがに、分かる。

 もう薄々気づき始めていた。ツバサちゃんが『ラブリデイ』のボクっ娘キャラだ、て気づいてから、目の前でなく赤面して動揺する護を見ていたら……胸騒ぎが確かな形になっていった。

 それで、繋がってしまった。香月が女だと知ったあと、急にカブちゃんが『ツバサちゃん』の話を護に振ったように。なんで、ホッケー時代、護が香月にやたらと甘かったのか……俺も、その理由がはっきりと分かってしまった。あれは、香月がエースだったからじゃなくて……香月が女だって知ってたからじゃなくて――。


「カブの奴、勝手に深読みして余計なこと言いやがって」珍しく愚痴るようにぶつくさ言ってから、護はおずおずと気まずそうに俺を見てきて、「お前も察した……んだろ」

「いや、まあ……」


 それでも……ここまできても、俺は曖昧な返事をしてごまかそうとしていた。

 もうほぼ確信に変わっているそれが、まるで暗雲のように胸の奥で立ち込めているのを感じて。嫌な予感とでも言うべき、その感覚から……今すぐにでも逃げ出したかった。


「まさか、お前や絢瀬さんまで『ラブリデイ』知ってるとは」と護は頭を抱えて俯くと、重いため息ついた。「あんなとこで、いきなり、ミリヤ先輩の話題が出るとは思わねぇもん。つい、反応して……バカだ」


 放っといたら、そのまま蹲って地面にめり込みそうな勢いで落ち込む護。

 さすがに見ていられなくて、「言わねぇよ、香月には」とぼそっと言った。針でも飲み込むような痛みを覚えながら――。

 すると、


「悪い、ありがとな」


 顔を上げた護の表情はすっかり安堵していて、ふいに緩んだ口が「香月が」とその名をぽろりとこぼした。


「香月が――初恋なんだ。去年、駅で出くわしてからも、ずっと気になってて」


 呟くようにそこまで言うと、護は照れ臭そうに笑って、視線を逸らした。


「やっぱ、会うとダメだな。まだ好きだ、て実感して……我慢できなくなるわ」


 まるで負けでも認めるように、護はどこかスッキリしたように清々しく言った。

 その瞬間、思いっきり、心臓を握り潰されたようだった。息が止まって、思考が止まる。

 

 一瞬にして、あらゆる雑念も感情さえも消え、がらんどうのようになった胸の内で、たった一言――ダメだろ、と脈絡なく呟く声がぽつりと虚しく響いていた。

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