第2話 アキラ
「お前、なんで……!?」
とっさに立ち上がろうとした俺の腕をぐっと掴む手があって、俺はソファに引き戻された。
「何すんだよ!?」
バッと振り返れば、歯でもきらりと輝かせそうな清々しい笑みを浮かべる遊佐が『カヅキ』を見上げ、
「よお、カヅキ! 待ちくたびれたぜ」
は……!? 『カヅキ』……!?
いや……待て。待て待て!?
どうなってんだ? なんで、遊佐がそんなに香月に親しげなんだよ? っていうか、そもそも……なんで、『カヅキ』がここにいるんだよ!?
「待たせてごめんね」と、当然のように返す澄んだ声がして、「――
「あ……『アキラ』!?」
思わず、大声あげて振り返っていた。
途端に、部屋はしんと静まりかえり――涼しげな笑みを浮かべる『カヅキ』とばちりと目が合った。
「やあ、陸太」
やあ――じゃねぇだろ、てツッコミたくても、声が出てこなかった。
あまりに意味が分からなくて……。状況がさっぱり掴めなくて……。
疑問が頭の中を埋め尽くして、思考が大混雑。どれから言葉にしていけばいいのかも分からなかった。
だって……こんなの、俺が想定していた最悪の事態のどれにも当てはまらねぇよ。まだ、失神していたほうがマシだった気がする……てか、失神しそう。
なんで、『カヅキ』がいんの? しかも、なんだよ、『彰』って? 俺でさえ、遊佐の下の名前が彰だって忘れかけてたのに。なんで……いつのまに、そんなに遊佐と親しくなってんの!?
息をするのも忘れて、睨み合うように『カヅキ』と見つめ合っていると、
「あのう」と遠慮がちに絢瀬が手を挙げ、おずおずと口を挟んできた。「大丈夫ですか?」
気づけば、部屋の中は重苦しい空気になっていて……絢瀬含めて女の子たちが皆、強張った表情でこちらを見ていた。事情を全て知っているだろう倉田くんも、香月の傍らで気まずそうな顔で佇んでいる。
「あ、いや……」
慌てて、何か言おうとするものの……何も言葉が出てこない。
大丈夫か、と聞かれても――説明してほしいのは俺の方で……!
言葉に詰まって固まる俺をよそに、「大丈夫だよ」と『カヅキ』がさらりと答え、
「陸太とこうして会うのも久しぶりなんだ。俺が来ることも言ってなかったし、びっくりしてるだけだよ」
「ああ、なるほど」絢瀬はホッとしたように笑みを浮かべて、両手をぽんと叩いた。「サプライズ……だったわけですね! どうりで笠原先輩がそんな顔してるわけだ」
そんな顔って……!? もう自分がどんな顔してるのかも分かんねぇよ。
「驚かせちゃってごめんね」
「いえいえ、とんでもない!」慌てたように絢瀬は両手を横に振って、嬉しそうに破顔した。「まさか、カヅキ様――じゃなくて……カヅキくんまで来てくれるなんて。懐かしいっていうか……感動っていうか。また会えて嬉しいです!」
「俺も。絢瀬さんにまた会えて嬉しいよ」
あーあ……と頭を抱えたくなった。相も変わらず、よくもそんなことをさらっと言えるもんだ。しかも、様になってしまうんだから厄介だよな。
その端正な顔立ちに、品のある笑み、そして下心など微塵も感じさせない(当然だが)誠実そうな声色。その全てがうまい具合に合わさって、キザな台詞さえ爽やかにしてしまう。小学生のときからこんな具合だったわけで。高校生になったら、そりゃもう破壊力は比じゃないだろう。
今にも蕩けそうな表情で『カヅキ』を眺めてため息漏らす絢瀬の友達三人組をちらりと見て、いたたまれない思いに襲われる。
いったい、何て言うだろうな、と心苦しくなってくる。この非の打ち所のない完璧な『王子様』が、実は女だったなんて知ったら――。
「って、そうだ……!」
ハッとして、俺は「お前、女――!」と言いかけた瞬間、バン、と思いっきり背中を叩かれ、
「さあ、そろそろ合コン始めようぜ!」
思わずむせた俺の横で、遊佐がそんな晴れやかな声を響かせた。
「あ、そうですね! 皆、揃ったし。カヅキくんも倉田さんも、好きなとこ座ってください」
絢瀬がそう促すなり、「カヅキくん、一緒に座ろ〜!」と築地の市場よろしく我先にと声が飛び交い始める。
席取り合戦の始まりか、と思いきや、すかさず、「その前に」と香月は落ち着いた声で切り出して、
「友達、紹介するね。同じ学校の倉田
「えー、すごーい! 高校球児!? 私、野球好きなんだよね。倉田くん、ポジションどこ?」
「サードっす。あ……名前は?」
「私、
さりげなく倉田くんを紹介し、梢さんの隣の席へと自然と促す香月。おかげでスムーズに倉田くんは女の子たちの中に混ざり、和やかに会話を始めた。さすが元エース。相変わらず、パスもうまい……て、そういう問題じゃなくて!
「さて、俺もこんなしみったれた席とはおさらばして――」
隣で動く気配がして、俺はすぐさま手を伸ばした。
「待て、遊佐!」と低い声で言って、逃がすまい、とその腕をむんずと掴む。「これは、どういうことだ?」
「どういうことって?」と、中腰のまま、しれっと惚ける遊佐。
「この状況だよ! お前だろ、香月を呼んだの! てか、お前しかいないからな!?」
押し殺した声で畳み掛けると、
「ああ、それな」白々しく思い出したように言って、遊佐は、やれやれ、とでも言いたげな微苦笑を浮かべて振り返った。「お前が無理して合コン行こうとしてテンパってるから手伝いに来てほしい、て倉田に伝えてもらったんだよ。そしたら、快くオッケーしてくれてな。連絡先までくれたの、カヅキ様」
「カヅキ様、て言うな! って、いや……そんなことより――テンパるって、なんでそんなこと言うんだよ!?」
「テンパってただろ」
「テンパっていた……けども」
そこじゃなくて。そういうことじゃなくて――。
「なんで、それを香月に言ったんだよ!?」
「なんでってな……」億劫そうにため息つくと、遊佐は俺の手を振り払って、ソファに座り直した。「香月ちゃんと『前みたいな関係に戻りたい』って言ったの、お前だろ。だから、『前みたいな関係』に戻してやろうと思って――呼んでやったんだろ、お前の『親友』を」
「なんだよ……それ?」
「だから――言っただろ」と遊佐は憫笑のようなものを浮かべて肩を竦めた。「荒療治だ、て」
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