第10話 友達の部屋

 またか――と思った。

 あの突き放すような感じ。これ以上は何も聞くな、と言わんばかりの完璧な作り笑み。『カヅキ』のときと……隠し事をしていたときと同じだ。

 急に距離を近づけてきたと思えば、また遠ざかったような。

 全くもって良く分からない。なんなんだ、この振り回されているような感じ? こういうものなのか? 『女友達』って……。

 釈然としない思いを抱きつつ、俺はオレンジジュースが入った透明のコップを両手に持ち、階段をのしのしと上がっていった。

 そうして二階にたどり着き、すぐ目の前に現れた扉の前で立ち止まる。

 とりあえずは、この中に入ってしまえば落ち着くだろう――と、つい、苦笑が溢れた。

 完璧に思えたイケメンの幼馴染、『カヅキ』。顔良し、性格良し、スポーツもできて気遣いもできる理想の『王子様』――だったが、一つだけ、欠点があった。それは、この部屋の中に隠されていた。

 両親がともに建築士ということもあるのか、家具から小物にかけて細やかなセンスが光り輝くこの家の中において、この……『カヅキ』の部屋だけはカオスだった。いつ来ても物が散乱して床を覆い、ベッドの上には服が山積み。テーブルの上はいつのものなのかも分からない漫画雑誌がどさっと置かれていた。毎回、遊びに来ては呆れつつ――でも、そんな部屋がすごく居心地良かったりして……。その上、テレビにゲーム機やソフトが揃い、本棚には漫画がびっしり並んで、まさに理想の『友達の部屋』。いつもついつい長居をしてしまっていた。「どうせ、夜まで誰もいないから」という『カヅキ』の言葉に甘えて……。

 また今日も、なんだかんだで長居をしてしまいそうだな、なんて思いながら、レバーハンドルを下げようとした、そのとき。


「あ、陸太!」


 階段の下から、慌てたような香月の声が聞こえてきた。すぐにバタバタと階段を駆け上がってくる足音が続いて、何事かと振り返ると、


「ごめん、言い忘れた」と香月が血相変えて階段を登ってきた。「そこじゃないんだ」

「そこじゃないって……?」


 なにが?

 アホのようにぽかんと佇む俺の前を通り過ぎると、香月は「こっち」と隣の部屋のドアの前で立ち止まる。


「こっちが私の部屋……」


 今まで気にしたことすら無いそのドアをちょいっと指差し、香月は居心地悪そうに口を歪めて言った。

 俺はしばらく固まって、


「は……!?」と家中に響き渡るような大声を上げていた。「え……だって、この部屋は!?」

「樹兄ちゃんの部屋」申し訳なさそうに肩を窄めながら、香月はぽつりと答えた。「ごめんね、一時間1100円で借りてたの」

「ぜ……税込価格?」って、いや、そこじゃなくて。「借りてたって……!?」

「樹兄ちゃんには、私が男装してること早くからバレてて。いろいろ協力してもらってたんだ。服も全部、樹兄ちゃんの古着借りたりして……。だから、陸太を初めてうちに呼んだとき、ゲーム機とか漫画を借りようと思って、樹兄ちゃんにお願いしたの。そしたら、樹兄ちゃんが『それだと甘い、バレるぞ』て、部屋を貸してくれることになって……」

「それで、一時間1100円……って、うまいこと乗せられてないか?」

「今、思えば……ね。お金目当てに利用された感じはあるんだけど」と香月はひきつり笑みを浮かべ、気まずそうに頰を掻いた。「そのときは、親切心で部屋を貸してくれるんだと思い込んじゃって。一時間千円くらいなら、て……つい」


 なんか……詐欺の被害でも聞いている気分だ。三つ下の妹相手に、そんな方法で金を巻き上げるとは。樹さんって、どんな人なんだ?

 いや――と、目の前の扉をちらりと見る。

 樹さんがどんな人だか……会ったことがないとはいえ、少しだけなら俺も知っている。この部屋の持ち主ならば、相当ズボラで適当な人に違いない。


「そういうわけなんだけど」と、俺の顔色でも伺うようにぎこちなく笑って、香月はくんと頭を傾げた。「今日はこっちの部屋で……いい?」

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