第2話
「ん…………」
目を開ける。
昨晩…………というか今朝未明、あれほど夜更かししまくったはずなのに、いつもと変わらない目覚めだった。
おそらく、時刻は7時半の数秒前。
数年間に渡り身体に刻みつけられた習慣は、今では目覚ましが鳴る寸前に起き、目覚ましが鳴った瞬間に音を止めるに至っている。
今日は……ああ、確か目覚ましはセットしていなかった。そもそも寝室にあるから鳴っても意味無いしね。
頭は寝不足で靄がかかったようになっているし、体は既に二度寝の体勢に入っている。
なにせ、まだ2時間3時間しか寝ていないのだ。
「ふぁー……ぁ」
大きく欠伸をし、目を擦って涙を拭う。
『グルォォォォ!!』
「うわ!」
「ギャ!?」
そうだ。ユーチューブを流しっぱなしで寝たんだった。
ライオン(?)が吠えて、結構な音がした。
とりあえず止めよう。
モゾモゾと寝袋から這い出す。
『グオォォォッ!』
「ギギャッ!?」
またライオンが吠えた。動物園でも吠えているところを見たことは無いし、ライオンって、小説か漫画の中でしか吠えないイメージがある。
狩りの最中は隠れるのも走るのも吠えるタイミングじゃないし、食事中も寝てる時も吠えないだろう。
あれは多分、威嚇だ。となると、他の肉食動物に対して吠えるのだろうか。縄張り争いとかで。
………………ん?
「ん?」
ぎゃー!って聞こえた……よな?
それも結構近くから。
更に言うと、画面の向こう側からの音でもなかった。
「誰かいるのか……?」
友達が訪ねてくる予定は無かったし、そもそも玄関も窓も鍵が掛かっている。窓を破れば侵入も容易だろうが、今どきそんな泥棒がいるのか。それも、いつ入ってきたか知らんが明け方まで、電気とテレビが着いた明らかに人が居そうな家に居座るようなアホが。
じっと息を潜めていると……確かに、誰かが居る。
布が擦れ合う音、床を踏む音。
侵入者は、どうやらリビングの中に居るようだった。
(……どうしよう!?)
冷静になれ……慌てるな。まあ無理なんですけど。
とりあえず、隠れていたって見つかるだろうし、タイミングを見計らってテントから出よう。
できれば侵入者がリビングを出た後が望ましいが、何かの拍子にテントを覗かれたら、そしてその侵入者が俺に害意を持っていたら一巻の終わりである。
(慌てちゃダメだ……冷静になろう)
できれば、刺激しないよう、しかし盗んだ物はできるだけ置いてお帰り願いたい。
テレビと電気がついているため、空き巣目的ではないだろう。
強盗だ。
恐らくは家人に暴力を振るう、あるいは殺す事さえも視野に入れての行動だろう。
(……不意打ちで倒せるか?)
武道の心得は無くとも、男子高校生の腕力で花瓶でも振り下ろせば致命傷にはなるだろう。
と言っても、流石に頭を過敏で殴るつもりは無い。
狙うなら肩から先か足だろう。
(武器になりそうなものは何も無いな……せめてペグでもあれば心強いんだけど)
とりあえず、出よう。
入口を開けてそっと周りを見渡す。
侵入者の姿は無い。
これなら外に出ても、テントの影に隠れることが出来るだろう。
スマホを取り出し、無音のカメラアプリを起動する。
侵入者の顔をとらえれば捜査が進むだろうし、最悪投擲してもいい。ライトはそれほど強力なものでは無いから目くらましにもならないだろう。
とりあえず。
テントの脇からそうっと顔を出し、侵入者を確認する…………
「……は?」
その瞬間、思考が止まった。
「ギ?」
だって。
そこに居たのは、画面の中のライオンに怯える…………
緑色の、小人だ。
頭に浮かぶのは……否、ソレの
よく知る空想上の生物の名前────
(ゴブリン……?)
=====
ゴブリン
Lv.15
ダンジョンボス
=====
「ギャッ!」
緑の小鬼が、吼えた。
放心状態の俺に向かって、意外なほどのすばやさで走ってくる。
手には……え?
「うおぉぉ!?危ねッ!?」
手には、剣を持っていた。
剣先が頬をかすめ、汗が顎に溜まって落ちる。
その感覚さえも鬱陶しい。
手の甲で拭う。ぬるりとした感触に、ゴブリンに意識を向けたままチラ、と見る。
血、だった。
ようやく気づいたか、とばかりに頬肉が痛みを主張する。
「……ウソ、だろ?」
分かっていた。
ウソ、ではない。
夢、でもない。
現実。
目の前の生物は、明らかに俺に殺意を向けていた。
放たれる殺気は、どんな言葉よりも雄弁に、”お前を殺す”と叫んでいた。
だから。
「う……」
俺は。
「う……お、ぉぉぉぉぉぉ!」
多分、うわぁぁぁ、と情けなく叫んで腰を抜かそうとしていたのだろう。
最初の”う”は。
腹の底から、ライオンのように吠えて、恐怖を無理やりに払拭する。
ゴブリンは一瞬怯み、しかし、先程よりも幾分か早い動きで飛びかかった。
我武者羅に剣を振り回す。
それを、余裕を持って躱し続ける。
躱す……というか、距離をとって当たらないようにしているだけだ。
後ろにばかり行くのではなく、右に避けたり左に避けたりして壁際へ追い込まれるのを防いでいる。
が……
(くっそ、埒が明かないな……)
こちらも、せめて剣と打ち合える何かが欲しい。
ゴブリンから目を離す訳にもいかず、必死に周囲に何か、武器として使えそうなものは無いか思案する。
この部屋にあるもの……
テレビと周辺機器。たこ足配線とか、コードをコンセントから引っこ抜く時間があれば十分な武器になるかも。
ソファ。剣が食い込めば抜くのに手間取りそうではある。武器ではない。
テント。目くらましには使えそう。軽いから投げることも出来ると思う。ポールを抜くことが出来れば……まあ、無理か。
寝袋…………うーん。
トン、とん、とバックステップでテントの入口まで回り込み、寝袋を引っ張り出すと同時に反転、寝袋を盾っぽく構えて突進。そこそこの厚みがある寝袋は、斬撃の威力を削ってくれる。
追いかけてきたゴブリンは、俺を見て咄嗟に剣を突きだした。
(うぇ、突きかよ!)
斬払いはは間に合わないと判断したのか、咄嗟の行動か。いずれにせよ、その切っ先は寝袋を突き破り、俺の左肩に突き刺さった。
「つ、ぁぁあああ!」
肩が熱い。ジンジンと、込み上げるように痛む。興奮しているからだろう、痛みは泣き叫ぶほどではなかった。
「ギァァッ!」
肩にくい込む剣に、グッと力が込められる。
ズブズブと、更に深くを目指して潜ろうとする感触に、思わずゴブリンを蹴り飛ばした。
組み敷いて殴り倒し、剣を奪うつもりだった。
あるいは、体格差をいかして組み敷いたまま殴り殺すつもりだった。
が、組み付く所まで進めない。
剣が怖い。
初めに剣をなんとかしたいが、避けながら懐に入る技術も振り下ろされる剣を素手で払う度胸も無い。
戦況は、左肩の負傷を残して元の状態に戻ってしまった。
(やっぱり、ソファを斬らせるか?)
足元が砂なら。あるいはここが森の中なら。
やりようはいくらでもある。しかし、整理されたフローリングの上では、目潰しの砂も投げる石もそこにはない。
俊敏に起き上がるゴブリンに間合いを詰める。
位置取りを…………
上手く…………
誘導して…………
ガッ!!
「ギッ!?」
「っしゃァ!」
その時、傾いて倒れるソファの上から、握りこぶし大のクリスタルが転がった。
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