043.ストレス解消してみたい
週末。
普段なら学園から馬車を使ってグラントールの別邸まで戻るのだけれど、今回は少々メンタル的に疲れたのでぶらぶらと歩いて戻ることにする。シンプルな制服だしアリッサも一緒だから、特に何も問題はないはずだ。……王都で突っかかってくるやつがいたら、そいつのほうが問題だしな。
「全くもう、疲れましたわ」
「本当ですね、ナルハ様」
グラントールの別邸は大通り、から一本入ったところにあるので、すぐ側までは人通りの多い道を歩いていける。お店もいろいろあって、鳴火としては懐かしい買い食いもできたりするんだよな。クレープに近いものとか氷菓子とか、女の味覚になってしまってるのか甘いものが好きなんだけどまあ、これはこれで。
「だからといって、別邸まで馬車を使わないのはおかしくないですか?」
「こういうときでもなければ、買い食いなんてできませんもの」
「まあ、卒業してしまえばこのような機会はほぼありませんが」
もぐもぐもぐ、クリームたっぷりのフルーツクレープおいしい。鳴火の時は肉とかがっつり詰め込んだ、おかず系の方が好きだったんだけどなあ。
好みはともかく、買い食いなんて学生時代の特権、と言ってもいい。特にこの世界じゃな。学園を卒業して一人前の貴族として認められたら、そうホイホイ街中は歩けない。
今の俺にはアリッサがついててくれてるけど、それ以外にも数人護衛やら執事やらがついてくることが多いらしいし。兄上やダニエルはある意味例外だよな。本人がトンデモスペックだし、ゲイルもマルカもかなり強いから。
「それと、身の安全はあまり気にしておりませんの。少なくともアリッサ、あなたはいてくれてますし」
「ご期待に添えるよう、精進いたします……と言いますか」
その気持ちを素直に出したところで、アリッサが僅かに視線を周囲に走らせたことに気づく。えー、マジか。だからここ王都だって、国王陛下のお膝元。大丈夫か、近衛隊も常駐してる街だぞ。
「今からお見せしたほうがよろしいでしょうか」
俺はどうしても鈍い部分があるので気づかなかったけれど、すれ違う人たちの中に何というか、こっちにばかり意識を向けている男たちがいることが分かった。
王都にいてもおかしくない、それなりに整った服装をしてるんだけど……当人の雰囲気に似合ってない。コスプレにしてももうちょっと合わせるだろうよ、ってくらい合ってない、という感じ。数はわからないけど、複数いるよな。そこら辺はアリッサに任せる。
「少し、移動しましょう。それからあまり、人様にご迷惑をおかけせぬよう」
「それはもちろん」
ちょっとばかりぼやかした言い方で伝えれば、彼女は理解してくれる。そうして俺たちは、目指す方向に歩いていった。
建物を取り囲む、塀の横の道。このあたりは広い割に人通りは少なくて、アリッサの好みである。
「ナルハ様の移動のご提案に、従っていただいて光栄ですわ」
で、俺たちについて来てくれた男……めんどくせ、野郎どもに向かってアリッサは、満面の笑みでそう言った。男たちは……十人ほどか。わたし一人なら良かったんだろうけど、アリッサがいるんだよなあ。
「ナルハ・グラントール様で間違いないようですな。ぜひ、ご同行いただきたく参上仕りました」
アリッサの言葉には答えずに、野郎の一人、どう見ても男爵クラスのコスプレだけどサイズ合ってねえおっさんがそんな事を言ってきた。いやいやいや、自分が名乗りもせずにお迎えとかおかしいだろうが。
「そちらの名前を、お伺いしてもよろしいのかしら」
「事情がございまして、こちらの名は明かせません」
キリッ、と顔を引き締めておっさんはそうのたまった。全力で自分たち怪しい者でーす、って言ってることになるぞ、それ。
「では同行する理由がございませんね。参りましょ、アリッサ」
「はい、ナルハ様」
さっさと帰ろう、とアリッサを促す。これで引いてくれたら何もしないけど、多分そうはならないだろうなあ……と考えた矢先、別の……使用人コスプレ似合ってるけど姿勢が悪い兄ちゃんが、俺に手を伸ばしてきた。
「それは困りますな。ぜひともナルハ様にはっ」
その手が俺に届く前にばき、と変なところで曲がる。アリッサの真っすぐ伸びた足が、腕に関節一つ増やして差し上げたんだよね。
「同行する理由がない、と我が主は申しております」
笑顔のままで足を戻し、にっこり笑ったアリッサの眼鏡の奥の瞳は笑ってない。俺にはああいう目を向けられたことはないんだけど、人様はアレで睨まれると結構恐怖を感じるものらしい。ほら、数名腰抜かしてる。
「ですので、あなた方には穏便に退去願いたかったのですが……無理ですね」
「無理ですわね」
あーあ、本気でアリッサが楽しそうだ。もちろん、俺の敵を遠慮なく殴って蹴り飛ばせるからだけど。
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