037.わたしのセリフを取るな
「ナルハ様!」
「あら」
「おはようございます」と教室に入った瞬間、いい加減聞き慣れた声で名前を叫ばれた。朝から元気だなあまったく……とりあえず、貴族の娘なんだしきちんと挨拶くらいしろよ。いや、平民でもしたほうがいいに決まってるんだけど。
「おはようございます。ランディア様、ポルカ様」
「おはようございます。今朝もお元気そうで何より」
「お、おはようございます」
「おはよーございますー」
アリッサも続いてくれたせいか、ランディアとポルカもとりあえず挨拶は返してくれた。ポルカの方は眠たそうな顔をしてるけど、ランディアの世話が大変なんだろうな。うんうん。
「……ではなくって!」
あ、あっさり正気に戻った。ちっ、つまんね。というか、教室中の視線がこっち向いてるじゃねえか。勘弁してくれよ、朝イチから。
「伺いましたわよ? ダニエル様がおられるのに、フィーデル様とお茶をご一緒なさったとか!」
そのランディアが叫んだ内容は……あー、あれか。つか学園内だったんだから、そりゃ皆見てるわな。だから、ああいう場所を選んだわけなんだが。
「アリッサも同席しておりましたが」
「彼女はナルハ様のお側付きだから当然です!」
「というかー、第三者がおられる時点でデートでも何でもないですよ? ランディア様」
「ポルカ! お前は誰の味方なの?」
「ランディア様の味方ですが、よくとぼけたことを仰せになるのでそのツッコミ役も担っております」
「きー!」
こっちが言い訳する前に、ポルカがさらりとツッコミを担当してくれた。というか、自分がランディア相手にツッコミ入れる立場なのは理解してるのか。大変だなあ。
「つーか、何で俺に言ってこないわけよ? ランディア様」
あ、フィーデルが口挟んできてくれた。当事者でもあるので、正直助かった。
それにそうそう、何で婚約者持ちの俺に言い寄ってきた、とランディアは思ってるかもしれないフィーデルの方にツッコミ入れないわけかな? これでラッキーダニエルゲットだぜ、とか思ってるんじゃねえだろうな。もう、単純なんだから。
フィーデルの方は普通に話しかけてきてくれてるだけなんだけど、ランディアは怯んでる感じがする。まさか、横やりが入るとは思っても見なかったんだなこのお嬢様。やれやれ、ポルカも面倒見るの大変だな、ほんと。
そんな事を考えていたら。
「そ、それは」
「俺のほうが、ナルハ様に話があったんだよ。カロンドとスーロードがグラントールとクライズに迷惑かけるかもしれない、だからごめんって」
『は?』
いまの「は?」は俺とアリッサ、フィーデル以外のほぼ全員が一斉に発した言葉である。もちろん、ランディアとポルカも。
さすがに、自分の実家が人様の家に迷惑かけるからごめん、なんて言う者がいるとは思わなかったんだろう。基本的に貴族って、自分の家と身内庇いに走るもの……らしいし。兄上は家より俺、の気がするけどさ。
「えーと、それはどういう……」
ぽかーんとしたままの一同の中にあって、最初に反応したのはポルカだった。フィーデルではなく俺、というか多分アリッサにだな、聞いてきてるっぽい。
「スーロード家のお嬢様を、ダニエル様に嫁がせたいらしいんですの。カロンドの当主夫人は、スーロード家からおいでになった方でしょう?」
「ああ、そういえば……え?」
で、アリッサが説明してくれたことにランディアが反応した。さすがに、スーロード家のことは知ってるらしい。もしかして、シャナキュラス側でも自分とこにつかないめんどくさい連中とか思ってるかな。
「スーロードのお嬢様って、あのちびっこですの?」
「幼い方ですわね」
「そのちびっこをダニエル様の奥方にねじ込もうとして、カロンド本家とスーロードが手を組んだってことですのね?」
「ご理解が早くて助かります」
「……」
さすがに、ランディアもさっきのアリッサの説明で事情は分かってくれたようだ。一応、それなりに頭いいんだよな。ダニエル関係だけすっぱーんとおかしくなるくらいでさ。
そうして事情を理解したランディアは、しばし黙り込んだ。で。
「ふっざけんじゃございませんわ……わたくしが数年レベルで苦労しているところなのに、横からひょいっと持っていかれてたまるものですか」
「いえそれはわたしのセリフなんですけど」
イヤでも本当、きっちり分かってくれて助かったぞランディア! あと横で呆れた顔してるポルカ、お前もしっかり分かってるだろうが!
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