032.口に出したらどうしよう

「これでよし、と」


 フィーデルについて、みっちりと手紙にしたためる。お母上のことやカロンド・スーロード両家のことなどなどがっつり書き連ねて、フィーデルのことをよろしくお願いします、の一文で締め。あ、もちろん日本語で言う敬具とかそういう言葉は書いておく。ナルハとしての十五年で身についた、礼儀作法の一つだ。

 便箋を畳んで宛名を記した封筒にしまって、蝋で封印。そうしてこれを、俺はアリッサに手渡した。

 伝書蛇が使えない以上、一番早いのはアリッサに突っ走ってもらうこと。ただし、直接近衛隊に持っていくわけにはいかない。


「では、グラントールの別邸に届けてまいります」

「お願いね、アリッサ」

「は」


 なので、あまり人に知られたくない内容のものは一度別邸で預かってもらう。ゲイルが取りに来るのを待つわけだけど、兄妹だからかどちらかが動くと一日置かずに相手方が動く。

 これ、実は逆もあるんだよな。アリッサが別邸に行きたいって言ったので許可したら、兄上とダニエルの手紙持って帰ってきたから。

 なお、内容によっては手紙を直接持って帰らず、セファイアの二人が内容を覚えて帰って俺や兄上に伝えることもある。……いやほんと、ゲイルもアリッサもすごいよなあ。俺には絶対できない芸当だ。


「すぐ戻りますので」

「ゆっくりでもいいですわよ。うちの近くのケーキ屋がまだ開いているなら、チョコクッキーを頂きたいですわね」

「承知しました。残っていれば、買ってまいります」


 寮は一応門限があるんだけど、側付きとか小姓は少し猶予がある。要は、主の命令で外出することがあるから。アリッサもその扱いで、行き先を申し出れば俺よりは遅くまで外に出ることができる。ま、グラントールの別邸は学園からほど近いところにあるから、アリッサの足だとほぼ一瞬で行って帰って来られるんだけど。

 それはそれとして。


「はー」


 アリッサのいなくなった部屋で、俺はベッドにごろんと横になった。ちょっと行儀悪いけど、許せ。

 こういうほんの少しの間だけ、俺の周りには誰もいなくなる。それはつまり、ナルハの中にいる鳴火の本性を出しても良い時間だってこと、なんだが。


「んー」


 いやいや、どこで誰が覗いてるか、聞き耳立ててるかわからないのがこの世界。念のため、口には出さないでおく。

 口に出すのは、聞かれても問題ないセリフだけ。よっし。


「ナルハ・グラントールは、ダニエル・クライズのことが好きです。きゃっ」


 うん、これは何の問題もない。婚約者に対して好意を抱いている、そこには何の違和感だってない。最後のきゃっ、だけは微妙にあるけども。

 たとえ意識に水上鳴火の影響が入っているとしても、基本的な意識はナルハ・グラントールのままだ。口から出てくる言葉も、基本ナルハのお嬢様口調。ま、俺の口調がうっかり表に出るよりは色々マシだもんなあ。


「うんまあ、好きなんですけど……大好き?」


 ぎゃー、じゃなくてきゃーと顔を赤らめてみせよう。もし誰かに見られてたら砂でも吐かれそうだけど、どんどん見とけ馬鹿野郎。ポルカあたりがもし見てたら、ランディアに伝えてきーとか言わせとけ。

 でも、何というかさあ。俺や兄上が、ダニエルに対して『中身』のことを隠してるのは事実、なんだよなあ。

 好きだけど。好きなのは事実だし、学園卒業したらいよいよ結婚だよねとかそういう話になっても何の問題もないんだけど。


「やっぱり、きちんと言わないと」


 前世が男であることと、その前世の記憶や意識が入り混じってちょっとおかしいことになってること。それでも、ダニエルのことは好きだし結婚したいと思い続けてること。

 そのあたりをちゃんとお話しして、それで……婚約解消になっちゃったら、しょうがないよなとは思う。ダニエルが嫌がったら、俺が身を引くしかない。そこにランディアが入ってきたらまあ、それは祝わないとな。スーロードのお嬢ちゃんにはさすがに渡す気ないけど。

 もし、それでもダニエルが俺を受け入れてくれるなら、もともとのナルハの思いを遂げてやることに何の文句もない。鳴火としても、ダニエルには悪い気はしないしさ。


「ダーニーエールー……」


 様、をつけないで名前を呼んでみて、そのこっ恥ずかしさに思わずフカフカの枕に顔を埋めた。あーもう、何で鳴火の記憶と意識出てきたんだろうな!

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