028.苦もあるさ

 寮の部屋に戻ると、アリッサが水を汲んできてくれた。手と顔を洗い、室内着に着替える。

 制服を整えながら俺は、ふっと湧いた疑問を彼女にぶつけてみることにした。いい加減、失礼だしな。


「ねえ、アリッサ」

「何でしょう? ナルハ様」

「あの彼、どこの家のどなたでしたっけ」

「あの彼、とは?」


 どっかの男爵家の次男坊、じゃさすがに悪いもんなと思ったんだけど、どう説明すればいいんだろうか……男爵家の次男なんて、珍しい存在でもないんだよね。

 しょうがない、端的にぶつけるか。


「ほら、お父様がメイドに手を出してって」

「ああ。カロンド男爵家の、フィーデル様ですわ」

「あ、カロンド家の。なるほど、それで……」


 カロンド男爵家。先祖の功績で何とか貴族の端っこにしがみつくことができている、小さな小さな家だ。

 ちなみにご先祖様は、昔に大貴族が王家に対して謀反を企てた際にそれを知らせて未然に防いだ、というのである意味王家から見れば恩人なわけ。それで今でも、カロンド家は貴族に名を連ねている。んだが。


「でも確か、カロンド家のご嫡男は……」

「あまり大きな声では言えませんが、正直に申し上げて馬鹿ですね」


 「お父様に大変そっくりという噂ですよ」なんて言葉までくっつけたアリッサの言う通り……というか、数代前から馬鹿は馬鹿らしい。そろそろ爵位剥奪されるんじゃないか、という話も出ているとか出てないとか。まあ、これも風の噂だけど。

 正直なこと言うと、フィーデルの方が跡継ぎにふさわしいんじゃないか? 少なくともカロンド本家の話聞くと、詳しくない俺だってそう思うんだ。

 でも、そうできない事情があるんだよね。


「ですが、ご嫡男のお母様に当たる男爵夫人が伯爵家から入った方で、その意見は無視できないかと」

「カロンドの当主夫人のお話は、伺ったことがありますわ」


 これは、実家で母上とかから聞いたことがある話だ。……なんか、夫人の方が押しに押しまくって結婚まで持ち込んだとかで。

 爵位剥奪されそうな男爵家に嫁ぐなんて、よっぽどベタぼれなのかな? カロンド家の領地、そう重要でもないらしいけどさ。


「ナルハ様。フィーデル様のことが、気になるのですか?」

「ええ、ちょっとね」


 アリッサに尋ねられて、一瞬ごまかす。俺の口から家族とダニエル関係以外の男の話が出てくるなんて、そりゃ珍しいだろうしな。

 ん、でも。


「ああいう、頑張る方のことを悪くは思えないわ。お母様のためにも、良い職場を得たいでしょうし」

「……フィーデル様を、グラントール派閥に引き入れたいと」

「まあね。あの方のことを知れば、兄上やダニエル様だってきっと同じように考えてくださるわ」


 そうそう、俺、味方増やしたいんだった。

 フィーデルみたいなしっかりしたやつなら、家に関係なく味方にしたいというか、兄上やダニエルの配下にふさわしいと思う。そうしたら、あいつもそれなりに箔がつくだろ。カロンドの庶子じゃなくて、グラントールないしクライズに認められた男として。


「でもそれって、カロンド本家を敵に回しませんかね」

「ご嫡男が『馬鹿』で『お父様ご当主にそっくり』なのでしょう? 大したことはないと思うわよ。夫人のご実家だけがちょっと問題かしら」


 今度は俺のほうが毒を吐こう。多分カロンド本家、次くらいでだめになると思うんだ。勝手な推測だけどさ。

 それに、馬鹿なご当主が放り出した息子をこっちが拾って、何の問題になるんだか。当主夫人の実家だけは、ぎゃーすか言ってくると思うけど。うちと同じ伯爵位、だそうだし?

 でもその俺の考えを読んだのか、アリッサは「ああ、それでしたら大丈夫かと」とにっこり微笑んだ。


「カロンド夫人のご実家はスーロード家で、もともとグラントールとは仲良くない家ですから」

「スーロード?」


 あ。

 その変な名前で思い出した。そうか、あそこんちの関係か。しっかり覚えておかないとなあ。


「失礼ながら間の抜けたお名前だから覚えているけど、シャナキュラスとも一線を引いている家よね」

「そのとおりです。ぶっちゃけ、ナルハ様とランディア様のダニエル様争奪戦を外側から楽しそうに見ておられる家ですよ」


 ……よしむかついた。俺とランディアが睨み合ってるのを外から見てるってことは、何かあったらうちがもらうと考えてるってことだ。

 ま、何かあったらランディアも協力してくれるんじゃないかな、と淡い期待を持ってみるか。漁夫の利を狙ってるんだろうし……てことは、他に女の子もいるってことか。うわめんどくせえ。


「もしかして、カロンドかスーロードに未婚のご令嬢がおられるのかしら」

「おられますよ。スーロードに、カロンド夫人の姪に当たられる方が……まあ、スーロード家の一人娘なんですが」

「へえ」


 クライズ侯爵家の嫡男にどこの娘が嫁に入るか、俺が婚約者だってのに未だに賭けの対象になってるらしいぞ。ゲイルとマルカが「結婚式終わったらそいつらしばき倒してきます」とか言ってるの、聞いたことあるし。

 けど、スーロードの娘って確か……あれ?


「あ、ちなみに年齢は五歳です」

「でしたわよね!」


 冗談じゃねえ、俺たちより十歳も下かよ。いや、別に年の差婚に文句つけるわけじゃないんだ。けどさ、せめてさ。


「せめてあと十年待ちましょうよ、スーロード家……」

「ですよねえ」


 そのお嬢さんの同年代でも、いい相手いるはずなんだけどなあ。詳しいこと、知らないけどさ。

 あとダニエルはわたしの婚約者、なんだから!

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