エピローグ

 ダキニが倒れ、ブロセルクの人々は正気を取り戻した。


 事情を説明すると、ブロッセン王は感謝を告げ、俺たちに報奨ほうしょうを授けたいと言ってくれた。


 俺たちは報奨を断り、その分を、魔王軍が侵略してきた際に備えるために使ってほしいと告げた。


 ブロッセン王は承諾し、世界平和のために尽力すると約束してくれた。





 三日後。俺たちはブロセルクの通りを歩いていた。


「師匠、みんな、早く早くー!」


 前をいくサシャが、俺たちをかす。


 俺は複雑な思いで尋ねた。


「サシャ、いいの?」

「なにが?」

「こんなに急いでブロセルクをたなくても、いいんだよ?」


 俺たちは帰路につこうとしているんだ。


 そして、早くブルート王国に帰ろうと言ってきたのは、サシャだった。


「だって、これから師匠たちと一緒に暮らせるんだよ? オレ、もう待てないよ!」


 サシャがニコッと笑う。


 俺の胸が痛んだ。


 サシャが、無理をして、明るく振る舞っているとわかるから。


 早く帰りたいと言っているのも、これ以上ブロセルクに滞在したら、苦しくなるからだろう。


 ブロセルクにはリラとの思い出が漂っている。その思い出が偽物だと知ったいま、ブロセルクの町並みは、サシャにはひどく色あせて映っているはずだ。


「ご主人さま。サシャ、大丈夫かな?」

「あれだけしたっていたリラさんに、忘れられてしまったんです。ショックは相当なものかと」


 クゥとミアが心配そうに耳打ちしてくる。


 走るサシャの背中を見ながら、俺は答えた。


「みんなで支えてあげよう。リラの代わりになるかわからないけど、せめてサシャの傷が癒えるように」


 クゥとミアが、コクリとうなずく。


「あ」


 ふと、ピピが驚いたように、目をわずかに大きくした。


「ど、どうしたん、ですか?」

「あそこ」


 ピピが翼で示す先に、人影がある。


「なんで……ここに?」


 俺たちの前を進んでいたサシャが、呆然と呟いた。


 ブロセルクの出入り口となる門の近く。噴水にあるベンチ。俺たちがブロセルクを訪れた際、リラに出会った場所。


 そこに、リラがいたんだ。


 あの日と同じようにジェラートを口にしていたリラが、立ち上がった。


「ここにいたら、あなたに会えると思ったからよ、サシャ」


 リラがゆっくりと歩いてくる。


「意識を取り戻した日から、夢を見るの」

「夢?」

「ええ。あなたと遊ぶ夢よ」


 サシャが息をのんだ。


「あなたとジェラートを食べ合いっこした。あなたに食堂に連れて行ってもらった。あなたと一緒に展望台で景色を眺めた。――不思議とね? とても幸せな気持ちで、あたしは夢を見ていたの」


 リラが俺に視線を向ける。


「ねえ、シルバ? あたしはダキニに『憑依』されて、あなたたちを騙していたのよね?」

「あ、ああ」

「もしかしてあたしは、サシャのこともずっと騙していたんじゃないかしら?」


 俺は目を丸くした。


 俺の反応を見て、「やっぱり……」と、リラがうれい顔をする。


「とてもひどいことをしたわ。あたしは、仲良くしてくれたサシャに、『あなたは誰?』といてしまったのだから」


 サシャの肩が震えた。


 リラが、サシャの前で立ち止まる。


「あなたがツラい顔をすると、あたしまでツラくなるの。きっと、あなたはあたしにとって、大切なひとなんでしょう。このまま別れたら、あたしは一生後悔すると思うの」


 リラが緊張した面持ちで、サシャに手を差し出した。




「サシャ。もしよかったら、あたしと友達になってもらえないかしら?」




 差し出された手を、サシャが見つめる。


 サシャの目から、涙が一筋こぼれた。


 俺、クゥ、ミア、ピピ、シュシュは、そんなサシャを優しく見守る。


 サシャが、ぐしぐしと涙を拭った。


 リラの手を、サシャがとる。


「もちろん! 喜んで!」


 ひまわりみたいな笑顔が咲いた。

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