最強の冒険者に会ったが、俺は彼女の師匠らしい。――5

『ナインヘッド』の面々は、一〇分間ひたすら土下座で許しをい、その姿を見て、ようやく五人は溜飲りゅういんを下げたようだった。


 大事おおごとにならずに済んで、俺は胸を撫で下ろす。


 ……いや、よく考えれば充分な大事か。みんなといると、トラブルに関する感覚が麻痺まひするんだよね。


「ゴメン、師匠――――っ!!」


 俺が遠い目をしていると、サシャがいきなりすがりついてきた。


 金色の瞳が涙でいっぱいになっている。


「ど、どうして泣いてるの、サシャ?」

「だってオレ、師匠に向けて拳を振るっちゃったから……!!」


 サシャは、ヒック、ヒックとしゃくりをあげ、ボロボロと大粒の涙をこぼす。


「本当にゴメンなさい! オレのこと嫌いにならないでぇええええええええええ!!」


 どうやら、先ほど俺に殴りかかったことを気にんでいるらしい。


 たしかにあのときは狼狽うろたえたけど、サシャの意図いとがわかったいまは、むしろ感謝している。


 俺はサシャの頭を優しく撫でた。


「謝らなくてもいいよ。サシャは、俺が『ナインヘッド』のひとたちにあなどられないようにしたかったんだよね?」


『ナインヘッド』の面々が絡んできたのは、俺を舐めていたからだ。


 だからこそ、サシャは俺に殴りかかった――俺が避けるのを見越して。


『最強の冒険者』の一撃を避けた俺を侮ることなんて、とてもじゃないけどできない。結果、俺に対する評価がガラリと変わった。


「サシャは俺のため、わざと悪役になってくれたんだ。そんなサシャを、嫌いになるはずないじゃないか」

「ほ、本当に?」

「ご主人さまは、こんなときに嘘なんてつかないよ」


 いまだ不安そうにしているサシャに、クゥが優しく微笑みかける。


「先ほどは咎めてしまい、申し訳ありません」

「ん。反省」

「サ、サシャさんの、行動は、主さまを思っての、ものだったの、ですから、ね!」


 ミア、ピピ、シュシュも、サシャに温かい言葉をかける。


 四人になぐさめられて、サシャは顔をクシャクシャにした。


「みんな、ありがとう……師匠、ありがとう……!!」


「ふぇぇぇぇっ!!」と泣きじゃくるサシャを、俺と四人は「よしよし」と宥める。


「あ、あのサシャが、泣きついている……だと!?」


 そんな俺たちを、周りの冒険者たちが、信じられないものを見るような目で眺めていた。


「やっぱり、オレには師匠しかいないや」


 サシャがぐしぐしと涙をぬぐい、俺を見上げて満面の笑みを咲かせる。


「師匠! オレを『使役しえき』して! オレ、精一杯せいいっぱい恩返しするよ!」

「「「「「「「「……は?」」」」」」」」


 サシャの宣言に、周りの冒険者たちが目を丸くした。


「あ、あの、サシャさん? たしかに、シルバさんは『使役』スキルの保有者ですが、人族・亜人族は、『使役』の対象外ですよ?」


『ナインヘッド』の担当受付嬢が、おそるおそる尋ねる。


 サシャはこともなげに答えた。


「問題ないよ。オレ、神獣だし」


 ギルド内が静まり返る。


 沈黙に包まれたギルド内で、俺は思った。


 神獣であるサシャは、クゥたちと同じようにスキルを保有している。しかし、噂では、サシャはスキルを保有していないことになっている。


 つまり、サシャは自分が神獣であることを隠していたんだろう。


 おそらくは、余計な混乱を起こさないためだ。神獣が冒険者になるなんて、前代未聞ぜんだいみもんなのだから。


 そのサシャが、神獣であることを暴露ばくろしたならば――


 確実に大混乱が起きるだろうなあ。


 面倒事を予感して、俺は乾いた笑いを漏らす。


「「「「「「「なにぃいいいいいいいいいいいいいいいいいいい!?」」」」」」」」


 予想通り、冒険者とギルドの職員たちが、一斉いっせいに驚きの声を上げた。


 ギルド内のあらゆる視線が俺たちに集中する。居心地の悪さがハンパない。


 そんななか、サシャが俺に頭を差し出した。


「師匠、お願いします!」

「みんなが騒然としているのに、まったくお構いなしだね」

「そんなのどうでもいいよ! それよりはやくっ!」


 サシャがピョンピョンと小さくジャンプしてかす。


 苦笑しつつ、俺はサシャに左手をかざした。


「『使役』」


 左手の紋章もんしょうが輝きを放ち、溢れ出た光が粒子となってサシャの首元に集まり――


 カチャッ


 革製の首輪となった。


 サシャが首元に手をやり、首輪の存在をたしかめ、はじけるような笑顔で万歳ばんざいする。


「やったぁ――――っ!! これで師匠のペットだぁ――――っ!!」

「おめでとう、サシャ!」

「今日からサシャさんも、わたしたちの仲間です」

「ん。ペット仲間」

「な、仲間が増えて、嬉しい、です!」

「だからね、みんな! 軽々しくペットって言わないで!!」


 喜びを分かち合う五人に、俺は慌てて注意する。


 ただでさえ目立っているのに、これ以上面倒は起こしたくないんだ! 現在進行形で、ギルド内のひとたち(特に女性)の視線が、ドンドン冷たくなっているしね!

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