最強の冒険者に会ったが、俺は彼女の師匠らしい。――2

 冒険者ギルドの扉を開けると、そこにはざわめきが広がっていた。


 ロビーには多くの冒険者が集まっており、しかし、ひとり残らず中央を避け、壁際に寄っている。


 誰も近づこうとしないロビーの中央――丸テーブルに、ひとりの少女がいた。


 前世でいう中学二年生ほどの見た目。クゥと同じくらいの背丈。


 華奢きゃしゃな体付きだが、チューブトップを押し上げる胸部は、かなり膨らんでいる。


 燃えるような赤髪はサイドテールにされており、純金じゅんきん色の瞳は切れ長だ。


 その頭には二本の角。ショートパンツの腰回りからは、爬虫類はちゅうるいのそれに似た、真紅の尻尾が生えている。


 両手には指ぬきグローブ。


 顔立ちはやや中性的で、髪型を変えれば、少年と勘違いしてしまいそうだ。


 彼女の姿を目にして、俺は思わず「おお!」と声を上げる。


 うわぁ、サシャだ! 『最強の冒険者』サシャが、本当にいた!


 冒険者たちがざわめく気持ちが、俺にはよくわかる。


 なにしろサシャは、すべての冒険者にとって憧憬しょうけい畏怖いふの対象だし、他国で活動しているため、滅多めったにハーギスには顔を出さないのだから。


 感動のあまり立ち尽くしていると、俺の存在に気付いたのか、サシャがこちらを向いた。


 俺とサシャの視線が交わる。


 サシャの金眼きんがんが大きく開かれた。


 ガタッ!


 サシャが勢いよく立ち上がり、椅子が倒れて音を鳴らし、周りの冒険者たちの肩が跳ねる。


 次の瞬間、サシャは軽やかな動作で跳躍ちょうやくした。


「は?」


 丸テーブルを飛び越えたサシャが、俺に近づいてくる。


 呆然と見上げる俺の前で、サシャは両腕を広げ、輝くような笑顔を咲かせながら、


「会いたかったよ、師匠――――っ!!」

「覚えのある展開!!」


 勢いそのまま、俺に抱きついてきた。


 俺は慌ててサシャを抱きとめ、倒されないように踏ん張る。


「「「「「「「「なぁっ!?」」」」」」」」


 思いも寄らないサシャの行動に、冒険者たちがどよめく。


 ギルド内が更に騒がしくなるなか、サシャは気にするふうもなく、俺の胸に頬をすり寄せてきた。


「ああ……師匠だぁ……師匠の匂いだぁ……!」

「へっ? あの、えっ!?」


 恍惚こうこつとした表情で、スリスリクンカクンカする『最強の冒険者』に、俺の頭はパニックに見舞われる。


 どどどどうしてサシャが俺に抱きついてきたんだ!? どうしてこんなに嬉しそうに頬ずりして、匂いを嗅いでいるんだ!?


 っていうか、そもそも『師匠』ってなに!? 俺、サシャを弟子にとった覚えなんて――いや、誰の師匠にもなったことないんだけど!?


「ねえ、なに勝手にご主人さまに抱きついてるの?」


 唐突とうとつすぎるサシャの行動に、クゥが久しぶりに氷点下モードになっている。


 あふれ出した魔力で、周囲の気温がどんどん下がっていった。


 クゥほどではないが、ミア、ピピ、シュシュも、サシャにジトッとした目を向けている。


 ま、またしてもトラブルの予感! まるで、ミア・ピピと再会したときみたいに……


 そこまで考えて、俺はひとつの可能性に思い至った。


 喜色満面きしょくまんめんで抱きついてきたサシャ。俺と面識があるような言動。そして、好感度MAXとおぼしきはしゃぎっぷり。


 もしかして、サシャは――


「ヤモリのサシャ?」


 尋ねると、サシャは俺を見上げ、金色の瞳をキラキラさせた。


「そうだよ、師匠! オレ、師匠に恩返しにきたんだ!」


 やっぱり! 以前から引っかかっていたんだ! 『最強の冒険者』の名前が、前世で助けたヤモリと同じことに!


 サシャを助けたのは、俺がひとり暮らしをはじめた日のことだ。


 荷解にほどきをしていると、ネズミに食べられそうになっているヤモリを見つけて、かわいそうだから助けてあげた。


 その日から、そのヤモリはたびたび俺の前に現れるようになり、ちっとも逃げようとしないから、サシャと名付けたんだ。


「け、けど、どうして冒険者になったんだ?」

「師匠の役に立つためだよ! オレ、ずっと師匠の強さに憧れていたんだ! あの頃のオレは、ネズミから逃げ回ることしかできなかったからさ! 師匠に恥じない実力を身につけるため、冒険者になって鍛えようって思ったんだ!」


「本当は、すぐにでも会いにいきたかったんだけどね」と、サシャがはにかむ。


 なるほど。サシャが、前世でよく姿を見せたのは、俺に憧れていたからなのか……ネズミを追い払ったくらいじゃ、『強い』だなんて誇れないけど。


 まあ、サシャにとっては生死にかかわる一大事だったんだし、俺のイメージが美化されてもおかしくないかもなあ。

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