何度となく絶望に叩き落とされたが、何度でも立ち上がりたい。――18

 なんだ? なにが起きている? アドレナリンの過剰分泌かじょうぶんぴつで、時間感覚が狂ったのか?


 混乱に陥りながらも、戦闘を重ねてきた俺の体は自然に動いていた。


 フラリとよろめくような動きで、ヴリコラカスの貫手を回避する。


「あ?」


 ヴリコラカスが怪訝そうな声を上げる。


 緩慢かんまんな視界のなか、俺は左手をヴリコラカスの腹に添え、全体重を乗せた。


 カウンターの掌底しょうてい


 俺の体重と、ヴリコラカスの突進速度が、一点集中して叩き込まれる。


「ごふぅっ!?」


 堪らずヴリコラカスが呻いた。


 胃液をまき散らし、ヨロヨロと後退あとずさる。


「なんだ……いまのは……」


 愕然とするヴリコラカスの声を聞きながら、俺の視線は、突き出した左手の甲に注がれていた。


『使役』スキルの紋章が輝いている。スキルがレベルアップしたあかしだ。


「クソがぁああああああああああ!!」


 ヴリコラカスが激昂げきこうし、俺を睨みつける。


 俺の視界が真っ黒に塗り潰された。


 どうやら、『邪眼』スキルで視覚を麻痺させられたらしい。


「今度こそ終わりだ!!」


 ヴリコラカスが勝ち誇る。


 しかし、俺に恐れはなかった。


 わかる。ヴリコラカスは、俺の後ろに回り込もうとしている。反撃を警戒して、きょくつもりでいるんだ。


 臭いが、音が、ヴリコラカスの行動を教えてくれる。


 俺は気付いた。


 知覚能力が鋭敏になっている。いや、違う。


 クゥの嗅覚も、ミアの聴覚も、人族より遥かにすぐれている。


 先ほど視界がスローモーションになったのは、おそらく、ピピの動体視力を得たからだ。


 レベルアップした『使役』スキル。その新たな付随効果は、『使役』している仲間の感覚を得るもの――『感覚体得かんかくたいとく』なのだろう。


 俺の視覚を麻痺させたヴリコラカスは、次の一撃こそは当たると信じているはずだ。


 その油断は、隙になる。


『みんな――!!』


 瞬時に策を練り、俺は四人に念話を送った。


 風音が聞こえる。ヴリコラカスが、俺を仕留める一撃を放った音。


 ミアの聴覚が教えてくれる――ヴリコラカスが狙っているのは、俺の頭だ。


 俺は体を沈み込ませる。


 俺の髪先を、風が掠めていった。


「なっ!?」

「ああぁあああああああああああああああああああっ!!」


 驚きに目を見開いているだろうヴリコラカスに、俺は跳躍の勢いを加え、両手で全力の掌底を見舞った。


 全身のバネを使った、砲弾の如き一撃。


「ごあぁああああああああ!!」


 ヴリコラカスが上空へと吹き飛ばされる。


 俺は叫んだ。


「勝つ!!」

「ざけんな!! 消し飛べ!!」


 上空から、なにかの射出音が聞こえた。おそらく、ヴリコラカスがブラックシェルを放ったのだろう。


 わかっていた。ヴリコラカスが反撃してくることくらい。


 だから、対策は立てていた。


『シュシュ!』

『はい!』


 ザザァッ、と水音がする。


 直後、頭上で轟音が響いた。


 水音は、シュシュの防御魔法が展開された音。轟音は、ブラックシェルが防御魔法で防がれた音だ。


「レヴィアタン、だと!?」


 ヴリコラカスの声色は、信じられないと言わんばかりだった。


 シュシュの役目は、魔獣からハウトの村人たちを守ること。シュシュはその役目に専念している。


 だから、ヴリコラカスは見落とした。


 。それこそが、ヴリコラカスの計算を狂わせたんだ。


 千載一遇せんざいいちぐう好機こうき


『ピピ! クゥ!』

『ん!』

『任せて!』


 ここで打つべきは最大火力。すなわち、ピピとクゥによる合体魔法だ。


「あなたたちは学びませんね。わたくしがいることをお忘れですか?」


 だが、クゥがヴリコラカスを狙えば、当然フランチェッカさんが妨害してくるだろう。


「忘れてなんかいませんよ。一度、失敗したんですからね」


 もちろん、そんなことは織り込み済みだ。


「だから頼んだよ、ミア」

「――――っ!?」


 フランチェッカさんが息をのむ。


 ドサッ、と音がした。


「しばしお眠りください」


 ミアが、フランチェッカさんを気絶させた音だ。


 もう、クゥを邪魔する者はいない。


「『コールドウインド』!」

「『タイフーン』!」


 轟々ごうごうと風が鳴る。


 すべてを氷結させる真白ましろい冷気と、すべてを蹂躙じゅうりんする暴風のうねりが、上空で荒れ狂う。


「テメェらぁああああああああああああ!! よくも! よくも俺様を! このヴリコラカス様を――……!!」


 ビョウビョウと吹き荒ぶ氷結地獄ホワイトアウトが、言葉ごとヴリコラカスを飲み込んだ。


『邪眼』スキルの効果が切れたのか、真っ暗だった視界に、光と色が戻ってくる。


「俺たちの、勝ちだ」


 空にダイアモンドダストが舞っていた。

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