完全なるアウェイだが、正々堂々戦いたい。――5

「あ、主さま、エリスさん、予想以上に、お強かった、です!」


 エリスさんが去ったあと、シュシュが不安げに俺を見上げてきた。


「か、簡単には、勝てないかも、しれません!」


 それでも、俺の勝ちは疑っていないようだ。


 少しだけプレッシャーを感じるけど、シュシュの期待に応えないわけにはいかない。


 だから、俺はシュシュに伝える。


「大丈夫だよ、シュシュ。ひとつ、策があるんだ」

「ど、どのような、策、でしょうか?」

「シュシュ、『ミストヴェール』を使ってくれる?」


 小首を傾げるシュシュに、俺は頼む。


「わ、わかり、ました!」と頷いて、シュシュが水魔法を発動させた。


「ミストヴェール!」


 メアの森を漂うそれよりも、なお濃い霧が、辺りに広がる。


 濃霧により相手の視界を奪い、同時にその動きを捕捉する魔法だ。


「シュシュは、ミストヴェールで作った霧のなかにあるものを、補足できるんだよね?」

「は、はい」

「霧はどれくらい広げられそう?」

「ハ、ハウトが、すっぽり収まるくらい、には」

「……相変わらず、神獣って規格外だよね」


 本来のミストヴェールの効果範囲を軽々と超えている。もはや笑うほかない。


 苦笑しつつ、俺はシュシュに頼む。


「じゃあ、霧を広げて?」

「は、はい!」


 シュシュがコクリと頷き、ス、と目を閉じた。霧を広げるために集中しているのだろう。


 それじゃあ、こっちも試してみようか。


 集中するシュシュの隣で、俺は『使役』スキルの付随効果のひとつ、『感覚同期かんかくどうき』を発動した。


 すると、ミストヴェールの霧が広がり、補足できる範囲が増えていく様子が、感覚的にわかった。


「うん、成功だ」

「せ、成功、とは?」

「ミストヴェールに対する『感覚同期』だよ」


 まぶたを開け、不思議そうに首をかしげるシュシュに、俺は説明する。


「霧のなかにいるものを補足するってことは、ミストヴェールは知覚能力でもあるってことだ。だとしたら、『感覚同期』もできる」


 そして、


「『感覚同期』ができれば、俺もシュシュと同じように、霧のなかにいるものを――ブルベガーを補足できるってことだよ」


 実際に、ブルベガーがどこにいるのかも、メアの森がどのような構造になっているのかも、俺には手にとるようにわかった。


 正確には、シュシュが把握している情報を、俺も共有しているという感覚だが。


「これで、ブルベガーを探せるのが、シュシュと俺、ふたりになった。しかも、ミストヴェールの効果範囲は広大。犬人族の嗅覚すら超える探索能力だ」


 つまり、


「ブルベガーの探索において、俺たちはエリスさんよりも、はるかに優位に立ったってことだよ」

「ス、スゴい、です! 流石は、主さま、です!」


 シュシュがサファイアの瞳をキラキラ輝かせて、俺に抱きついてくる。


 柔らかくて温かいシュシュの体が、ピッタリと俺にくっついた。


 フローラル系のシュシュの匂いが、俺の鼻腔びこうをくすぐる。


 俺の頭が一気に茹だった。女慣れしていないのだから、仕方ない。


 正直、クゥ、ミア、ピピ、シュシュみんなに毎日じゃれつかれているのに、いつまでも慣れない自分が情けないけど。


「シュ、シュシュ? スキンシップが激しすぎないかな?」


 声を上擦うわずらせると、シュシュが眉を『八』の字にして上目遣うわめづかいしてきた。


「ご、ご迷惑、でしたか?」


 ぐぅっ! いじらしすぎる! こんなの拒めるわけないでしょうよっ!!


「いや、全然そんなことないよ!」

「じゃ、じゃあ、もっと、甘えたい、です」


 慌てて慰めると、シュシュが俺の胸にスリスリと頬をすり寄せてくる。


 理性が爆発しそうだ。


 おおお落ち着け! 素数を数えて鼓動を沈めるんだ、俺!

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