事情も立場もいろいろあるが、彼女を救えないなら意味がない。――10

「まさか、ここまでたどり着くとはな! 褒めてやろう、小僧! 我は貴様を甘く見ていたようだ!」


 だが、


「ここは『報復』スキルの範囲内! 貴様には万に一つの勝ち目もない!」


 振りあげていた大剣を即座に返し、デュラハンが袈裟斬けさぎりへ繋げた。


 デュラハンの言うとおり、俺はシュシュがまとう、紫色のオーラのなかにいる。ここで俺がなんらかの攻撃をすると、『報復』スキルが発動し、ダメージの一部が返ってくる。


 ここで戦うなんて、自殺行為でしかないんだ。


 わかっている。


 それでも構わない。


 俺はミスリルソードを振るい、デュラハンが振り下ろす大剣の腹を弾いた。


「ぬうっ!?」


 躊躇ためらいもなく俺が反撃したからだろう。デュラハンが驚愕の声を上げ、体勢を崩した。


 やられっぱなしだったが、ついに出しぬいてやったぞ、デュラハン!


 俺は牙をくように笑う。


 しかし、代償は大きかった。


「がっ!!」


 右肩から左脇にかけて、鋭い痛みが走る。


『報復』スキルのダメージ返し。熱した鉄線に体を輪切りにされる感覚。


 口内に血の味が広がる。


 俺は歯を食いしばった。


 耐えろ、俺! ようやくここまでたどり着いたんだ! 俺にはやらなきゃならないことがあるだろうが! この程度の痛みに負けてどうすんだよ!!


 気合いと根性で痛みを乗り切り、俺はシュシュの額に左手を当てる。


「小僧! 貴様、まさか……!!」


 ハッとしたようなデュラハンの声に、俺はにやっと笑った。


 先ほど、ピピはデュラハンの『隷属』スキルをはね除けた。その原動力となったのは、俺の『使役』スキルと、ピピが俺に寄せる想いだ。


 いままで出会ってきた神獣たちは、全員が俺に恩返しするために転生してくれた。つまり、シュシュもピピと同じくらい、俺を慕ってくれているということだ。


 それが突破口になる。


 シュシュの俺への想いが、ピピと同じくらい強いものであるならば、『使役』スキルの効果は『隷属』スキルに勝る。


 俺がシュシュに『使役』スキルを用いれば、デュラハンの『隷属』スキルに打ち勝ち、『支配状態』から解放できるかもしれない。


 もちろん、確証があるわけじゃない。シュシュの想いが、ピピのそれを下回る可能性だってある。


 それでも――




 ――いたかった……逢いたかった、です、主さま……!!


 ――夢、みたいです。ま、また、主さまと、触れ合えるなんて。


 ――あ、あた、あたしは、主さまの、ものです! 主さまたちの、仲間、です!




 俺は、シュシュの想いを、信じる!


「『使役』!」


 俺の左手の紋章が輝きを放つ。


 輝きは粒子となり、シュシュの首元につどった。


 抵抗するように、デュラハンの『隷属』スキルが刻み付けた鎖状のアザと、そこから生えた鎖が、闇を生む。


 白と黒が競うなか、俺は叫んだ。


「戻ってこい、シュシュゥウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウッ!!」


 左手の紋章が、いままで見たことないくらい輝いた。


 白が膨れ上がり、黒を押し返し、のみ込んで、


 パキン!


『隷属』スキルの鎖が、音を立てて砕け散る。


 首元のアザも消え、代わりに、『使役』スキルが生んだ、光の粒子がかたちを成し――


 カチャッ


 革製の首輪が、シュシュの首にはめられた。


「あ、あれ? あたし、な、なにを……?」


 戸惑うシュシュの声が証明している。


『支配状態』は――『隷属』スキルは解除された! 俺たちは、シュシュを取り戻したんだ!


「小僧、貴様ぁああああああああああああああああああああああああああああああっ!!」


 シュシュを取り戻されて激昂げきこうしたデュラハンが、大剣を振りあげた。


「シュシュ! 『報復』スキルを解除するんだ!」

「は、ははははいっ!」


 叫ぶ俺に驚きながらも、シュシュが『報復』スキルを解除した。


 紫色のオーラが消失する。


 刹那。


「はあぁああああああああっ!!」


 俺がシュシュを取り戻すのを待っていたミアが、デュラハンの背後から接近し、思いっ切り右足を振り抜いた。


 激情に駆られていたデュラハンは、ミアの蹴撃しゅうげきに気付けずに、まともに食らう。


「ぐおぉおおおおおおおおっ!?」


 ミアの蹴撃によって吹き飛ばされたデュラハンが、瓦礫の山に突っ込んだ。


「あ、主さま、あたし、は?」


 いまだに戸惑うシュシュが、視線を下ろして絶句した。


 そこにあるのは、破壊の限りが尽くされたポッサの広場。


「そ、そうです……あ、あたし、デュラハンに、『支配』されて……」


 シュシュの体が震え出す。


「こ、これ、あたしが、やったんです、よね? ポ、ポッサのひとたちに、あ、あたし、ひどい、ことを……!!」

「いいんだ、シュシュ」


 悲痛な声でなげくシュシュの額に、俺はそっと自分の額を重ねた。


「悪いのはシュシュじゃない。シュシュはデュラハンに操られていたんだから」

「け、けど! あ、あたし、自分が、許せ、ません! あ、暴れ回ったのは、あたし、なんです、から!!」

「それなら、俺が許す」


 シュシュが息をのんだ。


「自分を許せなくても、ポッサのひとたちが許してくれなくても、世界中の誰もが許してくれなくても、俺は――俺たちは、シュシュを許す、シュシュを守る」

「主、さま……」

「もういいんだ、シュシュ。シュシュは俺たちのところに帰ってきたんだから」


 シュシュの体が縮んでいく。


 人型に戻ったシュシュは、ポロポロと涙をこぼしていた。


 着地した俺は、シュシュをギュッと抱きしめる。




「お帰り、シュシュ」

「た、ただいま、です……主さま……!!」




 声を震わせて、シュシュが俺を抱き返した。

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