事情も立場もいろいろあるが、彼女を救えないなら意味がない。――2

「私たちにとれる最善の行動は、デュラハンがブルート王国に侵攻してきた際に備え、ワンで態勢を整えることだろう」

「ポッサは見捨てるということですか?」

「……ままならないことは、あるものさ」


 そう答えながらも、シェイラさんの眉間みけんにはしわが寄り、唇は引き結ばれ、拳はギリギリと握りしめられていた。


 ポッサを見捨て、自国の守りに専念するのは、シェイラさんにとって苦渋くじゅうの決断なんだろう。


 悔しいのは俺たちだけじゃない、シェイラさんもなんだ。


 そして、シェイラさんの判断は、きっと正しい。被害を最小限に抑えられる、最善策なんだろう。


 けど、俺が従うわけにはいかないんだ!


「わかりました。それなら俺たちだけで向かいます」

「ダメだ」


 俺の宣言を、シェイラさんが一言で切り捨てる。


「忘れてはならないよ、シルバくん。きみは冒険者で、いまはクエストの最中さいちゅうだ。王国騎士団に協力してもらわないと困る」


 冷たい態度に感じるけど、それはシェイラさんなりの優しさなんだろう。


 シェイラさんは、俺たちを無謀な戦いにおもむかせたくないんだ。


 あえて強権を振るってみせたのは、自分が悪者になることで、俺たちの罪悪感を薄めるためだろう。


『シェイラさんに命じられたから、ポッサに向かえなかった』――そんな言い訳を与えることで、諦めやすくしてくれているんだ。


「……そうですか。それなら仕方ないですね」


 俺が答えると、シェイラさんは小さく息をついて、やるせなさそうな笑みを浮かべる。


「わかってくれたか」

「ええ。よくわかりました」


 そうだ、わかった。


 シェイラさんの配慮はいりょも、ポッサに向かう危険性も、デュラハン側との戦力差も。


 だけど、諦めるわけ、ないだろう?


「俺が冒険者だから、シュシュを助けにいけないんですね?」

「シルバくん?」


 シェイラさんが怪訝けげんそうに眉をひそめるなか、俺は冒険者カードを取り出した。


 取り出した冒険者カードを両手でつまみ――


「まさか……シルバくん、きみは……!」


 ビリィッ!


 瞠目どうもくするシェイラさんの前で、ひと思いに引き裂く。


 シェイラさんが、いや、副団長も、一番隊隊長も、一番隊副隊長も、フリードも、揃って言葉を失った。


「これで、俺は冒険者でなくなりました。王国騎士団と俺は、無関係です」


 立ち尽くす五人に言い放ち、俺は背中を向ける。


「ま、待て!」


 俺を呼び止める声が上がった。


 振りかえると、フリードが唇をわななかせ、俺を指差している。


「なにをしたのかわかっているのか? 貴様はAランク冒険者で、このクエストを終えればSランクになれたんだぞ?」


 それなのに、なぜだ?


「なぜ、躊躇ためらいなく冒険者を辞められる? 地位も名誉も目の前にあるのに、なぜ貴様は手放せるんだ!?」


 決まってる。


 俺はフリードの問いに答えた。




「大切なひとを救えないのなら、どんな地位にも、どんな名声にも、価値なんてないからだよ」




 フリードが絶句する。


 俺たちは前を向き、天幕テントを出ていく。


 振りかえることは、もう、なかった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る