彼女には裏があったが、それでも俺は見捨てない。――6

 シュシュの告白は信じがたいものだったけど、俺の疑問への答えにもなっていた。


 神獣が相手なら、見張りの騎士たちが、なにもできずに倒されたことに説明がつく。神獣は、動物界の頂点に君臨する王者。魔人すら凌駕りょうがする戦闘力を誇るんだから。


 しかし、俺にはどうしても信じられなかった。


 シュシュが、王国騎士団を壊滅させようなんて、たくらむはずがない。


 俺に恩返しするために転生してくれたシュシュが、

『刺客の捕縛』クエストを手伝ってくれたシュシュが、

『刺客』の魔法から俺を守ってくれたシュシュが、

 心優しいシュシュが、誰かを襲うなんて、考えられない。


 きっと事情があるんだ。シュシュが自分の意思で行ったことじゃないんだ。


 シュシュが言ってたじゃないか。




 ――その……じ、事情が、あるんです……どうにもならない、事情が。




 そう。シュシュには、自分ではどうにもならない事情がある。


 シュシュは、王国騎士団を壊滅させるよう、何者かに無理強むりじいされたんだ。


 だから俺たちは、シュシュが泣き止むまでなだめ、事情を聞くことにした。


 しばらくして泣き止んだシュシュが、ポツポツと語り出す。


「あ、あたし、は、魔公に、捕らわれているん、です」


 語りだしからの衝撃発言に、俺は瞠目どうもくした。


「その魔公は?」

「『デュラハン』、と、いいます。ま、魔王軍、随一ずいいちの大剣使いにして、れ、『隷属れいぞく』スキルの、保有者、です」

「『隷属』スキル!?」


 シュシュの説明を聞いて、クゥが目を丸くした。


「は、はい。対象者を、れ、『隷属状態』にして、従わせ、精神すらも支配する、ス、スキル、です」

「シルバさま、もしかして……!」


 ハッとした顔をこちらに向けるミアに、俺はうなずきを返す。


「『刺客』を支配していたスキルだろうね」

「じゃあ、黒幕は、デュラハン?」

「そうだね、ピピ。やはり、この抗争は魔王軍に仕組まれたものだったんだ」


 真相にたどり着き、俺はギリリ、と歯噛みする。


 魔王軍は、罪なき人々を、どこまで苦しめれば気が済むんだ……!!


「それじゃあ、シュシュも操られているの!?」


 心配そうに眉根を寄せるクゥに、シュシュがフルフルと首を振る。


「い、いえ、『隷属』スキルは、た、対象者との能力差が、少なければ、少ないほど、こ、効果が弱まります。あたしは、し、神獣ですから、『隷属』スキルの効果は、う、薄いほう、です。支配までは、されてま、せん」

「そっか……よかった」


 シュシュの答えを聞いて、俺は胸を撫で下ろす。


 しかし、シュシュは顔を曇らせたまま続けた。


「で、ですが、『隷属状態』にある者は、デュ、デュラハンに、位置を把握されて、しまい、ます」

「うかつに逃げ出せないってこと?」


 俺の問いに、シュシュが力なく首肯する。


「一度、ゆ、勇気を出して、逃げ出したことが、あります。あたしは、あ、主さまに恩返ししたくて、転生、しました、から」


 シュシュの体がカタカタと震え出す。


「あ、あたしは、とある村にかくまって、頂きました。で、ですが、そこまで、デュラハンが追ってきて……む、村を……っ」


 シュシュが自分の体をかき抱く。


 シュシュの瞳孔は開ききり、息遣いは過呼吸のそれで、顔色は蒼白になっていた。


「落ち着いてください、シュシュさん!」

「もう話さなくていいから、ゆっくり深呼吸するんだ!」


 まるで発作ほっさを起こしたような有様ありさまに、俺とミアは、慌ててシュシュの話をさえぎる。


 俺とミアが背中をさすると、ようやくシュシュの呼吸は静まり、震えも収まっていった。


 尋常じんじょうじゃないシュシュの様子が教えてくれる。


 デュラハンは、シュシュを匿った村を襲ったんだ。


 シュシュは、そのときのことがトラウマになっているんだろう。だからこそ、『支配状態』でないにもかかわらず、デュラハンに逆らえないでいるんだ。


「あ、あたしが、王国騎士団を、襲撃しようとしたのは、デュ、デュラハンの、命令です」


 シュシュが、ポンチョ風貫頭衣のスカート部分を、ギュッと握る。


「さ、逆らえば、あ、主さまを、こ、ころ、殺すと、脅されて……!!」


 涙目のシュシュが打ち明けた真実に、俺は息をのんだ。


「ご主人さまが人質になってたってこと!?」

下劣げれつにもほどがありますね」

「許せない」


 三人の顔付きが憤怒に歪み、殺意と呼べるくらいの空気感が漂う。


 いつもは宥める側の俺だが、今回ばかりは三人と同じように、怒りに我を忘れてしまいそうだった。


 シュシュは、俺に恩返しするために転生してくれた、優しい子だ。


 その優しさに付け込んで利用するなんて……許せない……許さない……絶対に、許さない!!

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