妖精女王は人族を信じないが、俺だけは別らしい。――1

 翌朝、俺たちはDランククエスト『グレイウルフの討伐』を受け、アマツの森を奥に向かって進んでいた。


 歩いていると、不意に、ミアが耳をピクピクと動かし、目付きを鋭くした。


「どうした、ミア?」

「悲鳴が聞こえます」

「ボクには全然聞こえないけど」

「ピピにも」

「わたしの聴覚は、ほかの方より鋭敏ですから」


 キョトンとするクゥとピピに、ミアが答える。嗅覚の鋭いクゥ同様、ミアも特技を持っていたらしい。


 ミアからの不穏な知らせに、俺は険しい顔をする。


「ミア、どこから悲鳴が聞こえるかわかる?」

「はい。あちらです」


 ミアが森の奥を指差した。


「案内してくれる?」

「お任せください!」


 俺が頼むとミアが駆けだす。


 ミアに先導され、俺、クゥ、ピピは森のなかをひた走った。




     ○  ○  ○




 走っているうちに、俺にも悲鳴が聞こえるようになってきた。


 一〇分ほど経った頃、俺たちは、木々の先にふたつの影を視認した。

 小鳥ほど小さな人型の生き物と、黒い毛並みをした巨大な獣だ。


 黒い獣は狼の姿をしているが、討伐対象のグレイウルフではない。グレイウルフよりもずっと強靱きょうじんで、俊敏しゅんびんで、危険なモンスターだ。


「『妖精』と『ガルム』!?」


 小さな人型の生き物は、妖精という、自然をつかさどる知的生命体。


 黒い巨狼は、Bランク相当の魔獣、ガルムだ。


 に、俺は目をく。


「アマツの森に、ガルムなんて出現しないはずだぞ!?」


 そう。ガルムはアマツの森に生息していない。それどころか、ハーギス周辺でも見かけることのないモンスターだ。


 どうしてこんなところにガルムがいるんだ?


「いやぁっ!! 来ないでっ!」


 考えていると、妖精が金切かなぎるような悲鳴を上げた。


 妖精は、蜻蛉かげろうに似た羽をはためかせ、ガルムから必死に逃げている。


 事情を考えるのは後回しだ!


 俺はブンブンと頭を振り、思考を切り替えた。


「ご主人さま、どうする?」

「助けよう!」


 クゥに指示を仰がれ、俺は間髪かんぱつ入れずに答えた。


「事情はわからないけど、あの妖精がガルムに襲われているのはたしかだ。あの妖精が困っているなら、放っておくことなんてできない!」


 即断した俺に、三人がクスッと笑みを漏らす。


「ご主人さまらしいね」

「ええ。無関係にもかかわらず、なんの迷いもなく決断しましたね」

「ん。パパは、こうじゃないと」


 どこか誇らしそうな三人に、俺は指示を下す。


「ピピは妖精の救助を頼む! ピピが妖精を助けたら、クゥが魔法でガルムを牽制けんせいし、その隙にミアが決めてくれ!」

「「「了解!」」」


 三人が力強くうなずいたとき、妖精が再び悲鳴を上げた。


 見ると、妖精に追いついたガルムが大口を開けている。


「行ってくる、ね」


 ピピが呟き、翼をはためかせて宙に浮かぶ。


 刹那、ピピの姿が掻き消えた。『神速』スキルの発動だ。


「きゃあぁあああああああああああああああああああっ!!」


 いまにも捕食されそうな妖精が、顔色を蒼白にした。


 ガルムのあぎとが妖精をのみ込む――寸前、ピピの足指が妖精をつかんだ。


 一拍遅れて、ガルムの牙がガチン! と鳴らされる。


 しかし、妖精はピピに連れられて空に逃げていた。


 ガルムは「グルルル……」とうなりながら、上空のピピを睨みつける。


「クゥ!」

「任せてっ!」


 即座、俺がガルムを指差して、クゥに号令をかける。


「『アイスニードル』!」


 クゥが右手を振ると、三本の巨大な氷槍ひょうそうが出現し、ガルム目がけて射出された。


 本来のアイスニードルをはるかに超える、大型弩砲バリスタの如き三連撃が、ガルムの周囲の木々を粉々にする。


 突然の襲撃に、「グルォッ!?」とガルムがひるむ。


 そのときにはもう、ミアがガルムに肉薄していた。


『武具創造』スキルによって作り出した二振りの刀を、ミアは目にもとまらぬ速度で振るう。


 幾本いくほんもの銀閃ぎんせんが走ったのち、ガルムの体が細切こまぎれにされ、灰となって散った。


「おつかれさま、ふたりともありがとう」

「えへへへへ、またご主人さまに褒めてもらえたー♪」

「ズルいですよ、クゥさん! わたしも! わたしも褒めてください、シルバさま!」


 俺がクゥの頭を撫でていると、ミアが頬をむくれさせて駆けよってくる。

「ゴメンゴメン」と頭を撫でると、ミアが気持ちよさそうに目を細めた。


「パパ。ピピを忘れちゃ、ダメ」


 ピピが舞い降りてきて、ギュッと俺の背中に抱きつく。


「妖精さん、助けたのは、ピピ」

「うん。ピピも頑張ったね、偉いよ」

「ん」


 クゥ、ミアと同じく頭を撫でると、ピピはスリスリと、俺の頬にほっぺを擦りつけてきた。

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