第30話 恋慕
次の日の日曜日の朝。
俺はいそいそと家を出る準備をする。
だって、いくら桜さんが俺の家の場所知ってるからって、迎えに行かないのは彼氏として、ねえ? ……なんて言ってみたものの、単に俺が桜さんに早く逢いたいだけなんだけど。
ということで、家を出て駅へと向かう。
……とりあえず、今日の課題は家に母さんと理香がいることだな。
まあ、理香は桜さんと既に会ってるからいいとして、問題は母さんだよなあ……。
母さん、桜さんに会ったら絶対余計なこと言いそう。
よし、母さんに遭わないように、桜さんを素早く俺の部屋に連れて行こう。
などと今日についてシミュレートしていたら、あっという間に駅に着いた。
今は朝の九時。うん、早く着きすぎた。
だってしょうがないよね?
桜さんと俺の家で勉強会だなんて、何かを期待せずにはいられない。
さて、それで桜さんは今日はいつ来るかな
休日だし、この前のデートの時みたいに待ち合わせ時間ギリギリに来るのかな。
「凛くん、おはよ!」
うん、今日は早かったな。
桜さんの今日の服装は、ノースリーブのサマーニットのセーターに、麻のロングスカート、少し底の厚いサンダル、そして麦わらのフリンジハットだった。
勉強のための筆記用具や参考書、ノートなんかが入ってるんだろう。今日はいつもより大きめのトートバッグを持ってきていた。
「? 凛くん?」
うん、桜さんは今日も。
「めっちゃカワイイ超カワイイマジカワイイ」
「ふああ!?」
おっと、心の声がだだ洩れだった。
「も、もう……その、ありがと……」
ああ、モジモジしながらはにかむ姿、カワイイなあ。
「じゃ、行こうか」
「うん!」
俺と桜さんは恋人つなぎで俺の家へと向かった。恋人同士だしね。
◇
「ええと、桜さんチョット待ってね」
「?」
家の前に着くと、桜さんにはとりあえず玄関で待ってもらい、先に俺が中に入る。
うん、母さんはリビングでテレビを見ているみたいだ。これなら……。
「桜さん、どうぞ」
「う、うん」
そして桜さんを家に招き入れるんだが。
「あ! 桜さんだ!」
「理香ちゃん!」
しまったあ!? 思わぬ伏兵が!?
「なになに? お客さん? ……って、あらあらひょっとして?」
あああ……母さんが出てきた……。
「あ、は、初めまして、そ、その、北条桜といいます。い、いつも凛くんにはお世話になってます……」
「まあまあ、ご丁寧に。凛太郎の母です。うちの馬鹿息子がお世話になってます。ねえねえ凛太郎、ひょっとしてアンタの彼女?」
桜さんと挨拶した後、母さんがニヤニヤしながら聞いてきやがった。ウザイ。
「は、はい! 凛くんとはお付き合いさせていただいてます!」
うん、桜さん、そんな元気よくはきはきと答えられると、俺、恥ずかしい。
「あれ? お兄、この前桜さんが来た時は同級生としか言ってなかったよね? しかも、彼女? って聞いても否定したし」
チッ! よく覚えてやがる……。
「あ、う、うん。実は、その、凛くんに告白してもらって……」
ああああ!? 桜さん、わざわざ説明しなくていいから!
あと、嬉しそうにモジモジするのヤメテ!? 俺がニヨニヨしちゃうから!
「え? え? その話詳しく!」
「やめい! 桜さん、は、早く俺の部屋に行こう!」
「あっ! え、えと、理香ちゃんまた後で! お、お母さま、し、失礼します!」
俺は桜さんの手を取り、急いで自分の部屋へと向かった。
後ろから「へえ~~」とか「お兄のくせにやるじゃん」とか聞こえてくるが、無視だ無視。
「ゴ、ゴメンね桜さん。うちの二人が……」
「ぜ、全然! 理香ちゃんとはもう仲良しだし、お母さまもすごく優しそうだし、これから上手くやっていけそう」
「あ、そ、そう? と、とりあえず“お母さま”なんて呼び方しなくていいから」
「そ、そんなわけにはいかないよ! だ、だってその……(ゴニョゴニョ)」
あう……そんな風にされると、まだ高二なのに将来のこと意識しちゃうんだけど……。
「じゃ、じゃあ飲み物取って来るから適当に座ってて。この前と同じオレンジジュースでいい?」
「う、うん」
俺は部屋を出てリビングに向かうと、案の定二人に捕まった。
「いやあ、でかした! 桜ちゃん、すごく良さそうな子じゃない!」
「ホントホント! お兄にはもったいないよね!」
「ウルセー」
俺はそんな二人を振り切るように、冷蔵庫からジュースを取り出してコップに注いだ。
「んじゃ、俺達はテスト勉強してるんだから、部屋には来るなよ! 絶対だぞ!」
「ハイハイ、分かってるわよ」
「お兄、ちゃんと事後報告よろ!」
「するか!」
俺は逃げるようにリビングを出ると、部屋へと戻ったんだけど……。
「ええと、桜さん?」
「ふああ!?」
桜さんがまたベッドに顔をうずめていた。
「だ、だって、その、このベッド、凛くんの匂いがするから……」
「うぐう……そ、その、ひょっとして前回の時も……?」
「あうう……」
桜さんはうめきながら、おずおずと首を縦に振った。
ああもう何だよ! カワイ過ぎるだろ! 俺の理性、耐えられるのかよ!?
「そ、その……勉強、しよっか……」
「う、うん……そだね……」
俺達は気まずいというか恥ずかしいというか、そんな雰囲気の中勉強を開始した。
◇
「ぐふう……、も、もう無理……」
「ほら凛くん、このページが終わったら休憩にするから。頑張って!」
くそう、そんな可愛く応援されたら、頑張るしかないじゃないか。
すると。
「はいはーい! 桜さん、お兄、お昼だよ!」
理香が元気よく昼メシを持って来てくれた。ほほう、冷やし中華か。
で、理香よ。なんで器が三つあるんだ?
「あ、ありがとう理香ちゃん。もちろん理香ちゃんも一緒に食べるよね?」
「当然!」
あああ、桜さん、余計なことを……。
はあ……ま、いいか。
俺と桜さんは参考書や筆記用具で散らかったテーブルを片付け、その上に理香が器を並べる。
「さて、じゃあいただきます!」
「「いただきます!」」
ふむふむ、冷やし中華を食べると夏を感じるな。美味い。
「そうだ、桜さんに聞きたかったんだけど、どうしてお兄を好きになったの?」
「ぶほっ!?」
な!? なんてこと聞きやがる!
おかげで吹き出しただろうが!
「え、えーと……ね? 実は、中学の時から、その、片思いだったんだ……」、
「ええ!? そうだったの!? ていうか同じ中学!?」
「う、うん……」
うそーん。桜さんくらいカワイイ女の子、絶対気づくはずなんだけど。
なに? 俺の目、節穴なの?
俺が驚く様子を見て、桜さんが苦笑いした。
「あはは……あの頃のボクは地味だったから、凛くんはボクのこと気づかないと思うよ。あ、そ、そうだ……」
そう言って、桜さんはトートバッグから眼鏡ケースを取り出した。
そして、眼鏡を掛けて両手をお団子のようにして首元に置いた。
「あ……」
見覚えがあった。
中学一年の時、女子トイレの前でいじめられてた女の子。
俯き、肩を震わせていた女の子。
あの時の俺は、気が付いたら身体が動いていたのを覚えてる。
「まさか、あの時の女の子が桜さんだったなんて……」
「…………幻滅、した?」
桜さんが少し暗い表情になって俯いた。
だけどそんなの、聞くまでもないよな。
「まさか! むしろ俺のほうこそ、気づかなくてごめん。しかも、そんな頃から俺のこと想ってくれてたなんて……俺、本当に桜さんを好きになって良かった」
「ありがとう……凛くん、大好き」
「ウォッホン!」
「「!?」」
しまったあ!? 理香がいるんだった!
「ハア……もう、私もいるんだから少しは遠慮してよね!」
「「はい……」」
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