第28話 闖入
「凛くん、お昼だよ!」
昼休みになり、今日も元気に桜さんがやってきた。
弁当を二つ持って。
だけど、今日はなぜか花崎さんも一緒にいた。
俺は、傍に来た桜さんに耳打ちする。
「(ねえ桜さん、何で花崎さんがいるの?)」
「(ええと、如月くんをお昼に誘うんだって。しかも、なぜだか知らないけど、お弁当もちゃんと二つ用意してるんだよね……)」
何それ。花崎さんってレアスキルでも持ってるの? 未来予知的な。
「(でね? 一人じゃ誘えないから、ボクに協力してっていうんだけど……)」
「(ええ!? じゃあ今日のお昼は遼達も一緒にってこと!?)」
「(それははっきり断りました。せっかくの凛くんとの時間、邪魔されたくないもん)」
うん、俺も桜さんと二人きりがいい。
それに今、遼と一緒にいても何を話していいかも分からないし、花崎さんは花崎さんで緊張するし。
「そ、その、如月さん、よければお昼、ご一緒しませんか……?」
花崎さんが、緊張した面持ちでおずおずと誘う。
すると。
「うん、いいよ」
「! あ、ありがとうございます!」
遼の快諾を受け、花崎さんは、ぱあ、と顔がほころぶ。
「あ。そうだ、よかったら北条さんと凛太郎も一緒にどうだい?」
「いや!」
突然こちらへと話を振って来た遼に、桜さんは二の句を告げさせない勢いではっきりと断った。
「そんなこと言わずに、みんなで食べたほうが美味しいよ? ねえ、凛太郎もそう思うよね?」
おおう、今度は矛先を俺に向けてきたか。
だけど。
「いや、俺も桜さんと同意見だ。昼メシは桜さんと二人で食べる」
「ええー、そんなこと言わずにさあ」
遼が甘えたような声を出して、なおも誘ってくる。
「ダメだ」
俺もはっきりと拒否の姿勢を見せると、遼は肩を竦め、チラリ、と花崎さんに視線を向けた。
「そ、その、桜、一緒にお願いします……」
すると、花崎さんが桜さんの制服の袖をつまみながら、泣きそうな顔で懇願した。
何で花崎さんがそんな顔でお願いするんだ?
遼と二人で食べたほうが都合がいいだろうに。
桜さんが困った表情で俺を見る。
はあ……しょうがない。
俺は無言で頷く。
「……今日だけだからね。もし明日も同じようなことしたら、たとえ奏音でも絶交するよ」
桜さんは厳しい口調でそう言うけど、それでも花崎さんは嬉しそうな表情を浮かべ、桜さんに頭を下げた。
「うん! じゃあ一緒に食べよう! そういえば北条さん達は、いつもどこで食べてるんだい?」
「別にどこで食べても関係ないよな? 何でそんなこと聞くんだ?」
正直、遼の強引なやり方にイラついていた俺は、少しきつい口調でそう言い放った。
「いや、ちょっと興味がわいただけだよ」
「とにかく、昼メシ一緒に食いたいなら、この教室以外は認めない」
「はあ……頑固だなあ、分かったよ」
遼は肩を竦め、花崎さんは俺を睨む。
ヤバイ、マジでムカつくんだけど。
「別にボク達は一緒にお昼ご飯を食べたいわけじゃないんだ。気に入らないなら別々で食べるよ」
「い、いや、それでいいよ」
「す、すいません……」
ムカついていたのは俺だけじゃなかった。
桜さんがそう言い放つと、二人は態度を改めた。
まあ、結局のところ俺は無視されてるわけだけど。
とりあえず、俺の席の周りの奴等に机と椅子を借り、机をくっつけて席に着き、お弁当を広げる。
うん、桜さんのお弁当は、今日も安定の和食メニューだった。
しかも俺の好物のだし巻き卵が入ってる。
くそう、いつもの踊り場で二人きりだったら、絶対飛び上がって喜ぶのに、二人がいる所為で、そんな表現さえはばかられるんだが。
仕方ない。
「(桜さん、ありがとう。今日のお弁当もすごく美味しそうだね)」
俺は桜さんの耳元でお礼をささやいた。
それを聞いた桜さんは、「えへへ……」とはにかんだ。カワイイ。
「そ、その、如月さん、お弁当、どうぞ……」
「うん、花崎さんありがとう。美味しそうだね」
向かいは向かいで、そんなやり取りをしていた。
これだったら、本当に別々で食ったほうが良かったんじゃないのか?
「ところで北条さん。北条さんは凛太郎と付き合ってるの?」
「付き合ってるけど、それが何?」
唐突な遼の質問に、桜さんは露骨に顔をしかめた。
「へえ、意外だな。ついこの間まで、凛太郎と言い争ってたのに」
「言い争ってたのは凛くんの優しさの所為だよ。それも全部、君と海野さんのためだったのに、気付いてなかったの?」
桜さんは遼に軽蔑の視線を向けた後、俺を見てニコリ、と微笑んだ。
遼はと言えば、皐月の名前が出たのに特に気にした様子もなく、ただ苦笑していた。
「……ちょっと桜、いい加減にしてください」
見かねた花崎さんが、桜さんをたしなめる。
「何? さっきも言ったよね、気に入らないなら別々で食べるって」
「ですが!」
「ハア……もういいよ、凛くん行こ?」
「うん」
桜さんは、話は終わりとばかりに、広げたお弁当に蓋をして包み直すと、席を立つ。
もちろん俺も、そんな彼女の後に続いた。
俺達は振り返りもせずにそのまま教室を出たが、背中越しに二人の視線を感じていた。
◇
「もう! 何あれ! 本当にムカつくんだけど!」
あの後、俺達はいつもの踊り場で昼メシの続きをすることにしたんだけど、桜さんが、さっきの二人の態度にプリプリ怒っていた。
もちろん、俺もあの二人には腹をすえかねている。
「しかしアイツ、明らかに変なんだけど」
「うん、それはボクも思った」
浮気の事実を知る前の遼は、あんなに俺を無視するような露骨な態度は取らないし、何より今までほとんど会話をしたことがない桜さんに執拗に絡んでくるし……。
それになにより、桜さんが皐月の名前を出しても反応が薄かった。
あのつらさを乗り越えたと言えば聞こえはいいが、あれはそうじゃない。
「それに、奏音も……」
「花崎さんが? でも、彼女は遼のことが好きだし、アイツの味方するのは普通だと思うけど?」
「ええと、そうじゃなくて……うん、ちょっと整理してからまた話すね」
桜さんは花崎さんの様子に何かが引っかかるみたいだ。
気にはなるが、親友である桜さんに任せよう。
だけど。
「桜さん、もし花崎さんのことで必要なことがあるなら、遠慮なく俺に言ってね。俺、何でもするから」
「あはは、大丈夫だよ。だけど、うん……ありがとう」
その後は二人の話題は打ち切り、俺達は昼食を楽しんだ。
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