第14話 加入

「……君達の話って、その……今の件、かな……」


 振り返ると、そこには悲痛な表情を浮かべた、中原先輩がいた。


 最悪だ。俺達が告げる前に、まさか中原先輩が現場そのものを見ちまうなんて。


「……二人とも、気にしなくていい……その、私は知っていたから……」


 そう言って、中原先輩はキュ、と唇を噛みしめ、俯いた。

 桜さんもそんな先輩を見て、拳を握り、つらそうにしている。


「……とりあえず、ここだと何ですので、場所を変えませんか?」


 なぜだか俺はこのままじゃまずいと感じ、場所移動を提案した。


「ああ……構わないよ……」


 先輩の許しも得たので、俺達は無言のまま学校を出た。


 ◇


「いらっしゃ……って、あれ? 忘れ物か何かか?」

「大輔兄、一番奥の席しばらく借りるよ。それで、できれば他の客を近づけないようにして欲しいんだけど……」


 店に入るなり大輔兄にそう頼むと、大輔兄は何も言わず、ただ頷いてくれた。


 俺達は席に着くと、まずは俺から話を始めることにした。

 だって、見るからに落ち込んでる先輩から話をさせるなんて、今の状態じゃできないし。


「……あの、大石先輩と一緒にいた奴、俺の幼馴染で、この前、たまたまその幼馴染の家の近所を通った時に見つけてしまって……」


 そう言うと、先輩が驚いた表情を見せた。

 だけどすぐに俯いて、テーブルを見つめていた。


「そ、そうか……君も幼馴染同士、なんだな……」

「と、言いますと、中原先輩と大石先輩は……」

「ああ……子どもの頃からの幼馴染だ……」


 それから、先輩は訥々

とつとつ

と語ってくれた。


 家が隣同士で、幼い頃から一緒に育ってきたこと。

 小学生の頃から大石先輩のことが好きで、中学二年の時に付き合いを始めたこと。

 高校に入ってからは大石先輩が中原先輩を煙たがるようになったこと。

 二年生になったあたりから、ほとんど会話することもなくなってしまったこと。


 そして半年前……街で大石先輩と皐月が手をつないでデートしているところを目撃したこと。


「……その現場を見てから、もう一度も口をきいていない……」


 全部を語り終えた先輩は、最後に消え入りそうな声でそう呟き、口を閉じた。


「中原先輩……」


 俺は先輩にどう声を掛けていいか分からなかった。


 こんなの……こんなのってねえだろ!

 今すぐにでも、あのクソ野郎をぶん殴ってやりたい!


 桜さんも俺と同じ気持ちのようで、あまりの怒りに、肩を震わせていた。


 そこへ。


「中原さん……だっけ? ごめん話が聞こえちゃって。それで、余計な事を聞くようだけど、そんな冷え切った関係なのに、君はどうしていまだにそうやって恋人関係を続けてるの……?」


 飲み物を差し入れに来てくれた大輔兄が、そんなことを問い掛けた。

 ちょ!? 乱入しないで欲しいんだけど!?


「……だって……!」


 中原先輩は拳を握って立ち上がり、大輔兄へと食って掛かる。


「だって! 悔しいじゃないですか! 子どもの頃からずっと好きだったのに、どこの誰かも分からない後輩に取られて、これで別れたら、私のこれまでの時間は何だったんですか! 好きだった時間は! そんなの……そんなの、自分が惨めじゃないです、かあ……」


 そう叫ぶと、中原先輩は声にならない声で嗚咽を漏らす。

 すると大輔兄は、中原先輩を柔らかい瞳で見つめた。


「そうか、君は俺とは違って、すごく強くて頑張り屋さんなんだね。今までこんなつらい気持ちを一人で抱えて、歯を食いしばって。俺はそんな君を尊敬するよ。だけどね」


 大輔兄は彼女を見つめたまま、諭すようにそっと呟く。


「だけど、そのせいで君が一人だけでつらい気持ちを抱えるのは違うと思う。君だって、幸せになる権利も義務もあるんだ。だから、もう無理しなくていいんだ」

「う、うう……うわああああああああん!」

「うわっと!?」


 先輩は感極まって大輔兄の胸にすがり、堰

せき

を切ったように泣き出した。


 大輔兄は少し困ったような表情を浮かべるが、ただ黙って先輩を見守っていた。


 ◇


 それから三十分くらい経っただろうか。


 ようやく先輩は落ち着きを取り戻し、今は大輔兄も含め、四人で席に座っている。

 もちろん、今日はもう店を臨時休業にした。


「いや、ははは、今日初めて会った高校生に、俺はなに偉そうに言ってんだって話だけどね」

「そ、そんなことないです! 私は……私はマスターのおかげで心が軽くなりました……」


 先輩は泣き腫らした目で大輔兄を見つめていた。


「だ、だったらいいんだけど……」


 お、おおう、先輩がぐい、と顔を近づけるもんだから、大輔兄が焦ってるぞ。

 先輩、綺麗だもんな。


「と、とにかく! 一番悪いのは、そのクズ先輩とバカ女だよ! ホント人類の敵だよ! 凛くんもそう思うよね!」

「お、おう」


 今この中で一番ご機嫌斜めになっている桜さんに、俺はただ頷き返すのみだ。


「そういえば、君もその、幼馴染を隼人に……い、いや、すまない」

「あ、先輩、俺は別に皐月のバカと付き合ってる訳じゃないですから」


 そう言うと、先輩はどういうことか分からないといった表情で、キョトンとしていた。


「ああ、そうか。その皐月と付き合ってるのは、俺じゃなくてもう一人の幼馴染の如月遼って奴です。その、遼の奴に俺が皐月の浮気のこと話したせいで、今は引きこもっちゃって……」

「そ、そうなのか。君達も複雑だな……」


 うわ、先輩に微妙な表情をされてしまった。

 確かによく考えれば、大分こじれてるよなあ。


「そ、それでですね先輩! ボク達はその浮気したバカ女にギャフンと言わせようと、色々と作戦を練ってたりしてるんですけど……」

「え!? お前達そんなことしてたの!?」


 おおう、大輔兄に白い目で見られてしまった。

 高校生に手を出すセクハラ変態従兄のくせに生意気な。


「……先輩もボク達と一緒に、あの二人を見返してやりませんか?」

「…………………………」


 桜さんがおずおずと提案すると、先輩は口に指を当てながら思案する。

 そして。


「……よし。分かった、やろう」

「ホントですか!」

「ああ。私も今日自分の想いを吐き出してみてやっと分かったが、冷静に考えるとはらわたが煮えくり返りそうだ。全く……あんな奴に私の貞操を捧げなくて良かったよ……」


 そう言うと、先輩はなぜかチラチラと大輔兄を見る。


「凛くんやったね! これであの二人をギャフンと言わせよう!」

「お、おおう……桜さん、もうなんだかノリノリだね……」

「そりゃそうだよ! だって、全ての元凶はあの二人だよ? そのせいで、凛くんが苦しんだんだ、ちょっとくらい痛い目に遭わせないと気が済まないよ!」


 鼻息が荒いところ恐縮なんだけど、先輩と大輔兄のそのニヨニヨした視線が痛いんですよ。

 や、嬉しいんだけれども。


「じゃあ、これからどうやってあの二人をとっちめるか、明日も作戦会議だ!」

「お、俺は構わないんだけど、その……」


 俺は先輩のほうをチラリ、と見る。


「ああ、私は明日にでもサッカー部にしばらく顔を出さないって話をしておくよ……元々、隼人がいたからマネージャーしてただけだしね……」

「先輩……」

「そ、それで、作戦会議の場所は?」


 気まずくなって俺が二人にそう尋ねると、なぜか二人はヤレヤレといった表情で肩をすくめた。


「もちろん、ここで」

「そのとおりだ!」

「「ねえ」」


 え? もう今週二回も営業妨害してる訳だけど、大輔兄はいいのかな……あ、苦笑してる。


「ま、まあ別に構わないけど、さすがに人手不足だから、凛太郎は仕事をしながらってことでもいいかい?」

「それはもちろん!」

「な、なんでしたら私も手伝います!」


 ということで、この喫茶店が俺達三人の作戦本部になった。

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