第30話 動揺(後半戦)

「ほへー、いやぁ、青春も青春。なんだか私も若返ったような気分だよー!」

「あんま茶化さないでもらえます? 先輩が若返ったとか、もはや幼児退行レベルですよ?」

「幼児退行⁉ それは流石にちょっと言い過ぎじゃない? そろそろ私も怒るよ、おっきくなっちゃうよ?」

「はいはい。じゃ、話したんで」


 今更その歳で身長が伸びるわけない、というツッコミを仕舞い込み、三澄は強引に話を終わらせようとする。事実、用件は済んだ。京華の出歯亀欲も、これで満たされたはずだと、自分に言い聞かせて。


「待っちょ、待っちょ。この私が、ただただ話を聞いただけで終わらせるとお思いかぁ?」


 だが、京華はやはりしつこい。


「思ってないから終わらせたいんですよ。絶対めんどくさい」

「そんなことないって。ほら、ね? ちょっとだけ、ほんの数分、お試しだから」

「そんな悪質なキャッチの常套句みたいな……。で、何ですか?」


 結局、続きを促してしまうことに、自分でも意外感。どんなに拒否したって京華の前では無意味であることを、骨の髄まで叩き込まれてしまったらしい。


「佐竹君、もういっそさぁ、悩んでること全部、本人にぶちまけるっていうのはどう?」


 そして、こうして落胆することも、もはや織り込み済み。


「……今まで、まさかとは思ってましたけど、今日で確信しました」

「おお? なになに、私のこの天才っぷりに――」

「あんたは希代の大馬鹿だ」

「うえぇ⁉ なんで!」

「あったり前でしょうが! なんで本人に、『俺、お前に告られて悩んでんだ』とか言わないといけないんですか! ただただ困惑させるだけに決まってんでしょ!」


 悩んでいるということはつまり、告白されて、大なり小なりネガティブな感情が生まれたという証拠。京華はそれを律に伝えろと言っている。下手すれば関係崩壊だ。


「そんなことない、そんなことない! 最初は確かに困らせちゃうかもしれないけど、佐竹君の話術で少しずつ……、ねぇ? 篭絡しちゃいなよっ」

「篭絡て……」


 京華の言わんとすることは分かるが、言葉選びがいちいち偽悪的だ。もうちょっとどうにかならないだろうか。


「それにほら、人間って、弱みを握った相手に対しては心を開きやすいって言うじゃん。だからさぁ、曝け出してみるっていうのは、言うほど悪い方法ではないと思うよー?」




 

 バイトが終わり、ファミレスからの帰り道、ありがたいことに十一時過ぎまで営業しているデパートにて買い物を済ませた三澄は、脳内議論に耽っていた。

 議題は専ら、京華の提案。信頼を得るため自分の弱点を曝け出せ、というのは、一考すべきと思えるだけの理があった。

 大量のガラクタの中に、ほんの少しの宝石を忍ばせるかのように、京華には侮れない何かがある。

 それに京華と話すと、気付けば胸のつっかえが取れている。疲弊させられることも多いが、京華とのやり取りで生まれた疲労感は、後を引くことがない。寝ればすっきりなのだ。不思議である。

 案外、京華は本当に天才なのかもしれない。少なくとも、頭の回転は速そうだ。あれだけべらべらと無駄話を続けられるのも、一種の才能だろう。


 そうこうしているうちに、家に着いた。考え事は、時間とか空間とか諸々を無意識のうちに吹き飛ばすということを、ここ一年くらいで知った。

 戸を開け、靴を脱いでいると、いつものように若菜がやってくる。その健気さに、三澄は嬉しさと同時に笑顔がヒクついた。これで、なかったらなかったで不安になるのだから、どうしようもない。


「なあ、若菜」

「はい」


 若菜の視線がこちらに向く。


「あー……」


 言葉が出ない。すべき話があるはずなのに、口の中はカラカラ。心なしか息苦しく、思考にもモヤが掛かり始めた。


「えっと……?」


 気遣わしげに、若菜が顔を覗き込んでくる。駄目だ、無理だ。考えるだけで悪寒がする。


「…………カレー、もう食べちゃった?」


 どうでもいい言葉は簡単に出た。話をしない。そう決めただけで、呼吸も思考も、全てが正常に戻った。


「ああ、はい。……あ、もしかして夜食べるつもりでしたか?」

「いや、もう残り少なかったし。ただ、残ってるなら食べようかなって」


 三澄はその後も、幾度となく話を切り出そうと試みたが、全て失敗に終わり。無駄に疲労だけを蓄えてベッドに寝転がるも、昼過ぎまで寝ていた影響で、寝付けたのは午前三時過ぎだった。

 別に若菜を信用していないというわけではない。若菜の信用を得るべく画策することへの罪悪感に邪魔をされたわけでもない。

 ただ、三澄にとって、自分の話、特に弱みの話は、自分の身を引き裂くのに等しい行為であった。

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