第13話 かっこつかねー
「うわっ、やばっ」
スマホ画面に表示された数字列を見て、三澄はベッドから跳ね起きた。
現時刻、午前八時三十分。学校の始業時刻が八時四十分ということで、昨晩の朝食の約束を抜きにしても、寝坊である。
思っていた以上に疲れがあったのかもしれない。アラームが鳴っていた記憶が全くない。
せめて若菜が起きてくる前に朝食を作ってしまおう。そう思い、急いでリビングに向かう。
「え?」
リビングに明かりが付いている。扉の向こうからは、人の気配。
恐る恐る扉を開けると、
「おはようございます」
待ち構えていたかのように、爽やかな挨拶が掛けられる。
「お前、何で起きてんの?」
椅子に座り、作り置きしておいた麦茶を飲んでいたらしき若菜へ、ぼんやりと尋ねた。
「え? えーっと……?」
質問の意図が分からないようで、眉をひそめて戸惑っている。
「昨日、気の済むまで寝てろって言ったろ? 朝メシは俺が作るからってさ」
実際、朝食は用意出来ていないので、何言ってんだって話ではあるが。
「だから、気の済むまで寝て、さっき起きてきたんですけど……」
その『けど』の後に続くのはきっと、「あなた起きてませんでしたよね。何やってるんですか」だろう。が、一旦棚上げ。申し訳ないとは思っている。
「本当か? まだ八時半だぞ?」
若菜が真実を言っているのか、どうしても疑ってしまう。
彼女は、自分が居候であるということを重くとらえ過ぎているきらいがある。負い目を感じてしまうのは、仕方のないことなのかもしれないが、にしても過剰。今の彼女は、無理をしているのをはぐらかそうとしているようにも見えてしまうのだ。
「別に昼くらいまで寝てても、誰も文句言わないぞ?」
「それは流石に寝すぎでは? むしろ体調を崩しますよ」
「……」
普段、学校もバイトもない日に、昼まで寝ている人間にはとても効く言葉だった。
もしかしたら、そもそもの生活習慣が彼女とは違うのかもしれない。
そういえば、今まで人間と同じ所に通っていたと言っていた。つまり、休日平日問わず普段から、毎朝七時や八時、場合によっては六時に起床していたのではないだろうか。
となると、もはやこっちの方が悪いような気もする。筋違いな指摘をして、相手を困らせて……。
今は『普段』ではないのだから、しっかり休むべきという考えは、間違いではないはずなのに。
「でもさ、たまにはがっつり寝ることも重要じゃない?」
我ながら、言い訳染みた言い方になってしまった気がしないでもない。
すると、余計な一言だったのか、若菜が困ったように俯き、黙りこくってしまった。
「あーいや、ごめん。別に責めてるわけじゃないんだ。とりあえず朝メシ作るから、食べてくれ」
よくよく考えてみれば、別に遅くまで寝ていなくても、日中ぐーたらしていればいいのだ。休養の取り方は一つではない。
三澄は若菜を置いて、キッチンに向かった。
朝食のメニューは、ベーコンエッグ。フライパンに油を敷き、二人分のベーコン、その上に卵を二つ落とす。
あとは弱火のまま蓋をして待つだけ。早い、安い、味は最低限と、若菜の料理とは一線を画す代物である。
「目玉焼きって、半熟派? 固め派?」
待っている間、手持ち無沙汰で、若菜にそう声を掛けた。
「えっと、私はどちらでも……」
曖昧な返事。相変わらずのことである。が、今回は珍しく続く言葉があった。
「それよりも、一つ、聞いてもいいですか?」
ちら、と壁掛け時計を見た後、どこか迷いはありつつも、意思の籠った視線を若菜が向けてくる。
「うん? うん、何かあった?」
「今日、平日ですよね? その、学校は……?」
躊躇いがちに、痛い部分を突いてきた。
「あー、そこは一旦忘れてもらって」
時刻は既に八時四十分を過ぎた。遅刻確定である。故に、あまり気にしても仕方がない。
「それって、今日、学校はあるってことですか?」
意外にも、更なる追及。今までの彼女なら、さっきの一言で引き下がりそうなものだが。
「まあ、うん」
「学校は、流石に行った方がいいんじゃないですか?」
「それは……はい」
とてつもない正論である。なんだか説教をされている気分になってきた。
「一応言っておくと、俺、不登校とかそういうんじゃないからね?」
「ああはい、それは分かってます。だからその、私が言いたいのは、私のことは大丈夫なので、気にしないで学校に行って欲しいってことなんです」
「あー……」
若菜は、自分のせいで三澄が遅刻しようとしているのだと思っているらしい。
なるほど確かに、そういう面が少しもないわけではない。
だが、三澄が遅刻するのは、九割九分九厘三澄の怠惰が原因である。若菜が自分を責めるのは、どう考えても誤りなのだ。訂正しなければ。
しかしながら、三澄は返答しあぐねていた。空白を誤魔化すように、フライパンの蓋を取って、中身を皿に移していく。
その様を図星と受け取ったのか、若菜は更に誤解を深めていく。
「学校の始業時間がいつかは分かりませんが、もういい時間ですし、本当は朝ご飯なんて作っている場合じゃないんですよね? 私、代わりますから、準備してきてください」
そうして、座っていられなくなったのか、若菜がキッチンに来てしまった。
「……じゃあ、あと野菜だけ頼むわ。ありがとう」
「分かりました」
若菜の勢いに押し切られる形でバトンタッチ。となれば、早急に制服に着替えるべく自室へと向かうべきなのだが、その前に、せめて彼女に非は一切ないということだけは伝えておかなくては。
「俺が遅刻するのは、別にお前のためってわけじゃないからな? そこだけ、勘違いしないようにしてくれよ?」
言った後、なぜだか全身に鳥肌が立った。
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