第7話 お買い物デート? ①

 地下鉄に乗って、数駅。三澄たちは、この辺りでは一番大きな、所謂、ターミナル駅に下車した。

 駅ビルとして、様々な商業施設を内包していることもあってか、人がすごい。息が詰まる。

 そして隣にいる若菜――吸血種の存在により普段とは別種の、閉塞感を伴った緊張が生まれていた。

 特に気にする必要はない。きっと彼ら彼女らは隣にいる少女が吸血種であるなんて思いも寄らない。なぜなら、日本にいる吸血種の総数は、在留外国人の一割にも満たず、更にその内の何割かは収監されている。吸血種を直に見たことすらないのが当たり前の世界。


 そうは思っても、変な汗が滲んでくる。

 だからせめてもと、三澄は若菜の隣にぴったりと位置取るよう注意しながら、人の流れに沿って進んだ。外には数分で出られた。

 駅前ロータリー。人の往来もさることながら、市バスやタクシーが列を為し、発着を繰り返している。

――ウチの近くにもバス停欲しいな。

 そうなれば今の状況よりは幾分かマシか、いや更に密集するからストレスは倍増か、なんてことを考えながら、石畳の上を行く。


 しばらくして、ドラッグストアに到着した。

 でかでかと、お値打ち価格! なんて貼られた商品棚が、店の外に並んでいる。

 それを無視し、開け放たれた扉から店内に入ると、さっぱりとした風が肌を撫でた。商品が所狭しと置かれているせいで、外より圧迫感があるが、空気はいい気がした。

 三澄は籠を手に取って、軽く店内を見渡す。


「さ、必要なものが見つかったら、言ってくれ」

「はい」

 若菜はそう頷いて、同じように辺りを見渡した。


 棚をちらちらと物色しながら、ゆっくりと奥に進んでいく若菜の後ろに、三澄は追従する。と、若菜が立ち止まって振り返った。


「あの」

「ん、どした?」

「普段、どんなシャンプーを使っていますか?」

「え、俺? 俺はこれだけど……」

 詰め替え用の袋を一つ摘まみ上げる。


「では、それで」

 伸びてくる白い手。


「は? いやいやいやいや」

 思わず遠ざけた。


「これ、女性用じゃないし、大していいもんでもないぞ。いいのかよ」

「構いません。あなたの使っているものなら、十分清潔さを保てるはずです」

「いや、でもなあ……」


 よくよく見てみれば、若菜の髪は少し傷んでいるみたいだった。

 ストレスか、手入れをサボったか。


「ちょっと良さげなシャンプー買うくらい、別によくないか? 金がかかるだけで、大して手間が増えるわけでもないだろ?」


 服装の乱れは心の乱れ、とまでは言わないが、見た目を整えることで上向くものもあるように思う。


「……そこまで言うなら、私は特に」

 若菜が腕を下ろす。自分には選択権が無いとでも言うような潔さだ。


 確かに、財布を持っているのは三澄だけ。そう捉えるのは至極真っ当と言えなくもないが……。

 私とあなたは違いますと、間に一本線を引かれたような感覚だった。


――ま、これくらいは仕方ない、か。

 結局、若菜が以前使っていた物と同じ物を買い、ついでにトリートメントやブラシ等ヘアケア用品一式も揃えることになった。

 若菜は終始不服そうだったが、一旦無視。


 別に髪の手入れを強要しようというわけじゃない。面倒だと思うなら、開封することなく放置してもらっていい。

 だけど、大切にしたいと思った時、すぐにそう出来ない環境なんて寂しいから。

 せっかくにならずに済んだのだ。それくらいの自由は、あって当然のはずなのだ。

 


 必要な生活雑貨をあらかた揃え、ドラッグストアを後にした三澄たちが次に向かった先は、七階建てのファッションビル。

 時刻は既に昼時だが、昼食は後回しである。混雑が予想される飲食店を、若菜が嫌がったのだ。

 気持ちは分かる。この辺りは、コンビニでさえ列が出来る。ちょっと美味しいお店に行こうものなら、一時間近く待たされることもザラだ。

 それを、まだ会って一日そこらの相手と過ごすというのは、少し無理がある。


 入口の扉をくぐると、空気が一新された。じめっとした空気が中に入らないよう、空調設備に工夫がされているのだろう。

 心地いい、が。


「少し寒いか?」

「あ、いえ……はい」

 咄嗟に腕をさするのを止めた若菜だったが、結局、頷いた。


「ちょいこっち」

 三澄は手招きをして、とある店の一角へと足を向ける。

 目的の物を探して手に取り、すぐに会計に。

 若菜の元に戻ってくると、両肩にベージュのカーディガンを掛けてやる。


「セール品で悪いけどさ」


 このフロアの商品は、ブランド物なのか少し値が張る。この中途半端な時期に、春物のクリアランスセールが始まっていたのは、運が良かった。流石に、一着で定価一万を超えるようなものを、おいそれと買うわけにはいかない。


「ほら、ちゃんと腕通して、サイズ確かめてくれよ」

「ええと……はい」

 戸惑いながらも、若菜はもぞもぞとカーディガンの袖に腕を通した。


「いい感じ?」

「はい、大丈夫そうです、けど」

「じゃ、行くぞ」


 何か言いたそうなのを無視し、歩き始めると、若菜は後ろについてきた。袖を弄ったり、開いたままになっている前面のボタンを弄ったり、些か落ち着かない様子。でも、文句は言ってこない。

 彼女との付き合い方が、少しだけ分かったような気がする。あとはお節介になり過ぎないよう、注意しなければ。


 それから、三澄たちはエレベータに乗って上の階へ。辿り着いたのは、豊富な品揃えと、安価さ、カジュアルさが売りの洋服店。若者から家族連れまで、幅広い年齢層の人間が、それぞれ思い思いの時間を過ごしている。


「とりあえず部屋着が最優先なんだっけ」

「はい。一着もないので」


 若菜の私物は、その一部が警察に押収されたままであり、そして押収されなかった分も、全て彼女の家の方に保管されている。真島に買い与えられた物がなければ、彼女は今もあの汚れたワンピースを着ていたはず。

 寂しいものだ。大切な物だってあるだろうに。


「じゃあ、何着かは買わないとな」


 一着では毎日洗濯をする必要性が出てくる。そんなのは手間、というか非効率だ。二人暮らしなら、二、三日に一度くらいでも十分間に合うだろう。


――気に入るものがあるといいんだけどな。

 もしなければ、別の店を探してもいい。そのために今日は丸一日空けたのだ。

 だけど、そんな三澄の思惑は、ものの数分で裏切られることになる。

 ……いや、さっきのシャンプーのことを考えれば、当然の流れと言えなくもないか。


「すみません、これでお願いします」

「……え、いや……え?」


 若菜が持って来たのは、上下セットの無地灰色スウェット、定価二千円。それも、全く同じものを二つ。


「マジでこれでいいの?」

「はい」

 微塵も迷いのない返事だ。

 若菜は、こういうのが好きなのだろうか。

 シンプルイズベスト。何より楽だ。家の中でまで着飾る意味もないし、部屋着として選ぶことに不自然さはない。

 それに三澄だって、部屋着は似たようなものだ。


「まあ、お前がいいならいいけど……。他にも、なんかいいのなかった? 部屋着だけじゃなくてさ」

「いえ、ひとまずはこれで十分だと思います」

「んー、そっか」


――ひとまず、ね。

 なんとなく腑に落ちないながら、三澄は受け取って、レジに持っていく。代金を払って品物を受け取ると、


「あの、それ持ちます」

 若菜が手を伸ばしてきた。


「ああ、ありがと」

 既に三澄は、両手にビニール袋という状態。持ってもらえるのは助かる。


「さて、この後、どうしようか」

「今日買う予定の物は、これで最後なんですか?」

「そのつもりだったんだけど。荷物がいっぱいになることは分かってたし」

「なら、帰りませんか。飲食店はまだどこも混雑しているでしょうし」

「でも家にはレトルトくらいしかないんだよなあ」


 もしくは冷凍食品や乾麺等々。あれらは食欲を満たすためには機能するが、栄養補給としては些か以上に物足りない。


「私は気にしませんよ」


 三澄だって、一人であれば気にしない。


「……まあ、仕方ない。頑張って、何か買って帰ろう」


 この荷物、そして混雑する売り場やレジ。想像するだけで気が滅入るが、それでも。

 彼女には、ちゃんとしたものを食べさせてあげないといけない。

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