第154話 豪華なお土産を手に
波間に浮き沈みして見える巨体に、イヴリースは興味がない。
「さて、そろそろ戻るぞ。アゼリア、お昼に……」
「あれ何かしら! 見てみたいわ」
アゼリアと昼食を取りたい彼の思惑は、姫のうきうきしたお強請りに負けた。見にいこうと言われれば、断る理由がない。いや、昼食を理由に……いっそ危険だと言ってみようか。
「危険かも知れぬ。余はそなたを危険に晒したくない」
だからお昼を食べに帰ろう。お腹が空いたというより、興味の向かわぬことに時間を割きたくない。番を持った魔族にとって、給餌行為は非常に重要なのだ。できれば毎食膝の上に座らせて、彼女の身体を作る食べ物をすべて手ずから与えたい。そう考えるイヴリースにとって、なんだかわからぬ漂流物の優先順位は最下位だった。
「危険ならなおさら、見ておかなくちゃ! ここは同盟国なのよ」
何かあったら困るわ。そう告げる姫と、その腕の中で「きゅぅ」と鳴く拾い物。根負けした形で、イヴリースは妥協した。
「わかった。確認しよう」
動かないから死んでいる可能性が高い。だが危険が及んでから後悔する気はない魔王は、複数の結界で包んだお姫様を抱っこした。首に手を回して安定性を確保したアゼリアが、胸元にマクシミリアンを乗せる。
しかし番の胸に乗った竜が雌であろうと気に入らない。イヴリースに睨まれ、マクシミリアンはアゼリアの首に抱きつこうとして、殺気を浴びる。困ってうろうろした後、スカートの裾に絡みついて、膝にしがみ付く。妥協したイヴリースの頷きに、ほっとした顔でマクシミリアンは小さな手に力を込めた。
背の翼を広げ、魔力で浮遊したイヴリースは瞬きの間に浮遊物に接近した。足元に浮かぶのは鱗がある巨体だ。かなり大きく、上に乗っても沈むことはなかった。
「これ、何かしら」
「竜の死骸だ」
何代か前の魔王が封じたという竜か。ならば……アゼリアのスカートにしがみ付く無力な幼体は、あの母体から産まれたのだ。
「お母様だったの?」
「この辺りには、過去の魔王が封じた竜が眠っていた。今回の騒動で身の危険を感じたのだろう」
だから子を産んだ。眠り続ける己の巨体を捨て、新たな体を得て封印をすり抜けた。
「ならば連れて帰りましょうね」
母竜が死んでしまったなら、育てる親が必要だわ。アゼリアの言い分に、イヴリースは説明を省いて頷いた。
親を失った可哀想な子ではなく、竜は己の新たな身体を自ら産んだ単為生殖なのだが……。複製に近い状態の幼体は、アゼリアに懐いている。護衛代わりにちょうどいいか。
その直後、波間に漂う竜の遺骸を回収する。捨て置くには利用価値の高い素材だった。持ち帰ることに決めた魔王は、幼体を含めたお土産を手に海上から帰還した。
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