第117話 私が幸せにしてさしあげるの

「私、運命の恋を見つけましたわ!!」


 馬車を出迎えてくれた父の手を借りて降りた故郷で、母に抱きついた。はしゃぐヴィルヘルミーナの様子に、どうやら見合いは成功だと国王は安堵の息をつく。出かける直前まで黙っていたせいで、えらく機嫌を損ねてしまった。


 機嫌が悪いまま向かったであろうヴィルヘルミーナが、泣いて帰ってきたらどうしようかと心配だったのだ。国のための結婚であっても、幼い頃から知っている娘のようなヴィルヘルミーナが不幸になるなら、姉に説明してわかってもらう気でいた。


 代理の令嬢の選定は、中止しても良さそうだ。


「運命の番ではないの?」


「たぶん違うけれど、あの方と添い遂げたいわ。大叔父様……お話を進めてくださいませ」


「ああ、わかった。良かった、大切にしてもらえそうか?」


「大叔父様ったら分かってないのね。私が彼を大切にして幸せにしてさしあげるの」


 女は幸せにしてもらうのを待つだけじゃないのよ。強く言い切ったヴィルヘルミーナの頼もしい姿に、母はよく言ったと頷く。これはアンヌンツィアータ公爵家の教育方針らしい。兎の獣人は夫や妻に対して非常に誠実で、浮気は一切しないことで有名だった。彼女がクリスタ国の甥に惚れたなら、きっとうまくいくだろう。


 うんうんと頷く国王へ、ヴィルヘルミーナは釘を刺した。


「大叔父様。私は1日でも早く嫁ぎたいのです。すぐに準備をしてください。でも国の威信をかけて嫁ぐのですから、準備する品は最上級でお願いしますわ」


 大至急、最上級の婚礼用具を仕立てろ。ほぼ命令に近い御令嬢の言葉に、ルベウス国の王は慌てて頷いた。


「もちろんだ、ルベウス国の威信をかけて用意させる。姉上にも叱られてしまうからな」


 姉カサンドラや妻にも尻に敷かれる国王を見送り、母は娘と同じ長く白い耳をピンと立てて王宮内の客間へ歩く。公爵領が離れているため、王都に屋敷を構えていた。だが遅くに帰る娘が疲れているだろうと、王宮内に宿泊する予定で部屋を用意させた。


 どうにも女性に強く出られない上、ヴィルヘルミーナに無茶を言った国王としては、歓待する以外の選択肢がない。用意された客間は、他国の王族も使用する美しい離宮だった。


「それで、どんな方なの? カサンドラ様はお元気でしたか」


 学園で学んだ母の先輩であった元王女カサンドラの近情を伝え、夫になるベルンハルトの話をする。彼の名を口にするたび微笑む娘の姿に、母は安堵していた。政略結婚は貴族令嬢の常だが、不幸になるのは望まない。隣で黙って聞いていた父が、ソファの椅子に崩れた。


「よかった。ミーナを尊重してくれる方のようだ」


 獣人と人間のハーフだと聞いていたが、ずっと人間の中で育つと差別意識を持つ者もいる。獣人である王姉の息子ならばと、愛娘を送り出したが……もし差別されて泣いて帰るようなら、決闘も辞さない覚悟であった。


 兎の耳をあえて隠さずに晒して降りたと聞いて悲鳴をあげた両親に、ヴィルヘルミーナは穏やかに笑った。


「幸せになるし、ベルンハルト様を幸せにしたい。ちゃんとお父様とお母様に孫を抱かせてあげられると思うの」


「おやおや、気の早い子だ」


 孫の心配までする娘に、父は狐耳をぴこりと動かして笑った。


 王族との簡略化した晩餐を行い、部屋に戻ってからも夜が更けるまで……。嬉しそうにクリスタ国での出来事を語る娘の姿に、両親は微笑みながら頷いていた。

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