第39話 たどり着いた先の悪魔
大きすぎる狐が疾走する。それは地面ではなく、街の建物の屋根の上であった。軽やかにステップを踏んで踊る貴婦人のような優雅さをもって、屋根を傷つけずに街外れまでたどり着く。立ち止まった狐は、飛び移るには距離のある砦の建物を見上げた。
上部に位置する部屋の壁が吹き飛んでいる。下に落ちた破片で軽傷者が出たらしく、人々の関心はそちらに向いていた。黄金の瞳が細められ、心配そうに鼻を鳴らす。ひくひくと動いた耳が、かすかに声を拾った。尻尾をぴたりと止めた狐の、ふわふわの毛がぶわりと膨らむ。
動物が威嚇する際に似た仕草の直後、佇んでいた屋根から地上に降りた。
「な、なんだ!?」
「魔物か?」
「わからん」
一部の兵士が剣を抜くものの、公爵領の兵士は教育が行き届いている。いきなり攻撃を先行する愚か者はいなかった。だが、それは公爵領の兵士のみだ。他の領地から連れてこられた兵や騎士の一部が矢を射た。
ひゅん! 甲高い笛のような音で耳元をかすめた矢に、アゼリアの黄金の瞳が眇められる。全身から揺らめくように魔力が立ち上った。
「なぜ攻撃した!?」
「くそっ、届かん」
「やめろ!!」
止める砦の騎士達に対し、他領の者は興奮状態で話を聞く余裕がない。先に攻撃されていないなら、魔物とて森の住人。大人しく帰ってもらえ、そう教育された公爵領の騎士や兵士は必死で間に入って狐を庇おうとした。人々の間の争いを高い位置から見下ろし、狐は興味が失せたように歩き出す。
軽い所作でぽんと砦と外壁を繋ぐ階段まで飛んだ。2階分の高さをものともしない身体能力の高さに、慌てた兵が槍を投げる。まっすぐにアゼリアの後ろ脚に向かう槍を、飛び出した人影が右手で掴んで止めた。穂先から砕けて散る槍は、彼の手から砂のように零れ落ちる。魔力による劣化作用だった。
槍が辿る数十年の劣化を速め、僅か数秒の間に槍は寿命を終える。イヴリースがもっとも得意とする魔術のひとつだった。
長い黒髪をなびかせた人影に、狐は嬉しそうに頬擦りする。空中に浮かんだ魔王の背に、大きな翼が広がっていた。鳥や昆虫と違う、表現として近いのはドラゴンの翼だ。翼の先に小さな角があり、黒髪の間からも大きな角が2本生えていた。
翼を出すと一緒に角や爪も解放されてしまう。身体的特徴を人間に合わせると、どうしても魔力や制御に支障が出る。それらを開放することで、イヴリースは魔王の名に相応しい姿を取り戻した。
「陛下、勝手に動かないでください。露払いは私の仕事です」
「我が婚約者殿の危機だ。それと……お前にはアレを任せたはずだが?」
いきなり第一形態を脱ぎ捨てて飛び出した上司を追いかければ、塔の中に残るアレの相手を任されてしまった。頭を抱えたメフィストだが、魔王の命令に逆らう気はない。
「承りました。注文はございますか?」
「部屋の復元と……アレは殺さなければ構わん」
死なない程度の罰は与えておけ。残酷な命令にメフィストは空中にも関わらず一礼する。足元に魔法陣を描くことで足場を作ったメフィストは、にやりと口元を歪めた。普段から第二形態を好むため山羊の角をだしたままのメフィストの身体が、一回り膨らむ。
狐姿のアゼリアが驚いて毛を逆立てた。
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