第27話 清濁合わせ飲む覚悟
年上の男に対しては、幼さを前面に出した方が可愛がってもらえる。今までの経験を思い出しながら、エルザは男についていった。
いざとなれば逃げればいい。涙を見せて哀れを誘えば隙が出来る。今までそうしてきたんだもの、助かってきたんだから。今回も通用すると信じる程度に、彼女は拙い経験を積んでいた。
裏を返せば、王都という安全な地域しか知らない。商人が交渉で汚い手を使うことも、他国には奴隷制度があることも、一切知らなかった。孤児院のシスター達が与えようとした知識を「面倒だから」と受け取らなかったツケだ。
多少でも知っていたなら、優しすぎる男についていく愚行はなかった。何を強請ろうかと胸弾ませる愚かな自称聖女は、ひとつ路地を曲がる。少し薄暗い路地、ここが最後の分岐点だった。
まだ大声で叫べば、街の大通りを歩く人に助けを求めることが出来る最後の角……彼女は男を見つめながら足を踏み出した。いや、踏み外したのだろう。その結果を彼女が理解するのは、今少し先の話だった。
「ここだよ」
古いが立派な扉を潜り、室内に入る。薄暗い室内を透かしみようと目を細めるエルザを、男は無造作に突き飛ばした。転がる先に床はなく、階段を転がり落ちる。一番下まで真っ直ぐに落ちたエルザは、呻きながら痛む肩を抱き背中を丸めた。
「監視がついているから、どれほどのお嬢さんかと思えば、安っぽい子だ」
男は捕まえた獲物を見下ろし、開けておいた蓋を閉めた。それは床下へ続く階段を隠し、中に閉じ込めた獲物を逃さないための扉だ。
床下から蓋を叩いても音が漏れないよう、分厚い絨毯を用意してある。床と平らになった蓋の上に絨毯を転がし、何もなかったように上を通り過ぎた。
手伝った使用人風の初老の男は、奥のテーブルでお茶の準備を始める。いつもの何ということはない商売の一端だった。
少女を見つけたのは、騎士らしき青年に強請り髪飾りを買った場面だ。すぐに周囲を見回し、連れがいなくなったことに焦る姿も、次の獲物を探す様子も見ていた。近づいて声をかけたのは、彼女が『商品』に値するか、確かめるためだ。彼女は甘えて媚びを売り、こちらの懐具合を探った。
間違いようもなく男の扱う『商品』に該当する、獲物だ。
「まず商品価値を確かめ、それから値段と売り先を決めよう」
外見はそこそこ整っているが、教養はゼロにちかい。若いため肌はきめ細やかだが、髪も含め手入れはされていなかった。あれでは商品価値が下がってしまう。
男に媚びた様子を見せることから、娼館ではなく性奴隷として売る方向性は決まった。娼館の女達は賢い。知性のかけらもない子供を引き取る娼館はないだろう。あとはより高く売るためにどこまで仕込むか。
「旦那様、外の監視はいかがしますか?」
「問題ない、放っておけ」
奴隷商人として確固たる地位を築く男ユルゲンの言葉に、執事であり露払い役を担う初老の男は「承知しました」と頷いた。
「品書きは出来たか?」
「はい、こちらに」
用意した奴隷のリストを手渡す。奥まった一角にあるため、薄暗い部屋でユルゲンは書類に目を通す。領主であるへーファーマイアー公爵家は、ユルゲンを黙認していた。
奴隷制度そのものを禁止しているため、矛盾した行動に感じられる。しかし真逆だった。他国や他の貴族領から流れた罪人を捕まえて売買するユルゲンを見逃す代わりに、他の奴隷商人が売った罪のない領民や獣人を買い取らせる。互いに利を得るため、必要悪として見逃された。
闇の仕事は、闇の中に棲まう者の領域なのだ。アウグストも、カサンドラもそれをよく理解していた。
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