第24話 騎士は虎の尾を踏む

 物騒なやり取りは「後日相談」という便利な言葉で中断された。ようやく落ち着いた部屋に、一人の騎士が駆け込む。ベルンハルトに近づき、何かを報告して返答を待つ。


「仕方ない。会おう」


 渋々承諾した様子に気を引かれて、アゼリアは素直に尋ねた。


「どうしましたの?」


 何かあったのかと視線で問うイヴリースと、妹アゼリアに挟まれ、ベルンハルトはあっさり口を開いた。


「ヘルマン男爵家の次男ブルーノが訪ねてきました」


「近衛騎士だった方かしら?」


 うーんと記憶を探りながら、アゼリアが呟く。辞職した彼の現在の肩書は「騎士」ではなく「ヘルマン男爵家次男」だった。あくまでも親の付属品だ。長男ならば跡取りで次期当主となるため、それなりに厚遇で迎えられるだろう。しかし次男は独立するしかない。


 騎士に次男や三男が多いのは、必然だった。己の能力で身を立てることが可能な職種の中でも、高給で地位が高い。警護対象となる貴族家のご令嬢と結婚できる可能性も高く、非常に人気があった。


 ブルーノも剣の腕は立つ騎士だ。英雄ヘルマン男爵の息子ということで声を掛けた。ベルンハルトは眉をひそめる。


 領地に入った後あっさり別れた彼が、今頃何の用だろうか。ヘルマン男爵へは、すでに「息子ブルーノを公爵領に匿った」旨の書簡を送ったので、当家でのブルーノの役目は終わった。勝手に聖女と恋愛でも婚約でもすればいい。


 今になって彼が1人で現れたことに、ベルンハルトは意図を読めず顔をしかめた。しかし会わずに追い返す選択肢はない。独立するなら英雄ヘルマン男爵は味方にしておきたかった。


 他の貴族が先に独立を宣言するかも知れない。そうなったとき、手駒の多い方が優位に立てるからだ。計算しながら立ち上がる兄に、アゼリアは剣の柄に手を触れたまま笑った。


「私がまいりましょう」


 ドレス姿よりあでやかな美女に、イヴリースは身惚れる。乗馬用の軽装ながら、どこまでも人を魅了する彼女に手を差し伸べた。剣の柄から乗せ替えたアゼリアに微笑みかけ、エスコートして歩き出す。


「余も行こう」


「交渉ごとなら多少得意としておりますゆえ、妃殿下のご実家に協力するもやぶさかではありません」


 ヤギの角を撫でるようにして魔法で隠蔽したメフィストが一礼して続く。砦の主人であるにもかかわらず、置いていかれたベルンハルトは苦笑いして追いかけた。


「うかうかしていられないか」


 見せ場をすべて奪われかねない。アゼリアにベタ惚れの魔王はもちろん、魔王の配下である男も含め……妹の人脈は異常だった。母カサンドラも得体の知れない強運と人脈を持つが、匹敵する女傑になりそうだ。


 ドレスより動きやすい軽装、宝石より剣――美しく気高い妹の赤毛がさらりと揺れた。その後ろ姿を追いながら、ベルンハルトは気を引き締める。騎士ブルーノの交渉力はさほど高くないが、その後ろにヘルマン男爵が控えていた。


 もし救国の英雄が従わぬなら、それも致し方ない。この国の貴族が背くなら切り捨てればいい。口角を引き上げて笑みを浮かべたベルンハルトを、メフィストは冷静に観察していた。


「へーファーマイアー家の方々は、どなたも一癖ありそうですね」

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