第11話 嫌味が通じない魔王の拾い物

 魔王とは、獣人の国であるルべウスと国交がある、魔族の国サフィロスの王だ。位置関係はこのユークレース国から見て二等辺三角形の一角だった。もっとも遠い角がユークレースである。ルベウスとサフィロスは直接国境を接して並び、ユークレースとの間に森が広がっていた。ユークレースの後ろには別の人間の国が並ぶ。


 その森にもっとも近い領地が、広大で豊かな農地を持つへーファーマイアー公爵領だった。他種族との境に広がる森で、人族と他の種族は分かれている。おかげで大きな騒動も起きず、互いを敵対視することも少なかった。


 ヘーファーマイアー公爵アウグストがルベウスの王女カサンドラを見初めたのは、いくつもの偶然が重なった結果だ。通常なら会うこともなく一生を終えたであろう2人の間に生まれた子らは、魔族や獣人にとって興味の対象でもあった。


 腕の中で意識のない美女を、そっと寝台に下ろす。元は真っ白な肌だろうに、活発な彼女は日焼けして淡い小麦色の肌だ。淑女として侍女が悲鳴を上げそうな状況だが、自由奔放に生きる彼女らしいと好ましく感じた。燃えるような真っ赤な髪も、剣を向けてきた気丈な彼女に相応しい。


 柔らかな狐耳は温かそうな茶色で、尻尾は根元から先へ向かって白くなるグラデーションの毛並みで手触りがよかった。腰を細く絞るコルセットなしでも、彼女のまろやかな曲線を描く身体のラインは美しい。


 金の瞳は心を縛る不思議な魅力があった。頬にかかる赤い髪を指先で撫でたところに、ノックの音が響く。無視しようとしたが、すでに扉は開いていた。彼女を抱きかかえて入った際に閉め忘れていたと舌打ちし、魔王は振り返る。


「なんだ? メフィスト」


 側近の姿に眉を寄せる。魔王の不興に慣れているメフィストは優雅に一礼してみせた。長く王に仕えた臣下の恭しさに、少しだけ別の感情が滲んでいる。それをわざと悟らせるメフィストの意地悪さに、仕方なく身を起こして正面から向き合った。


「お帰りなさいませ、イヴリース様。本日の謁見を放り出しての散策、楽しまれましたか?」


「見ればわかるだろう」


 にやりと笑って腕を組んだ魔王イヴリースへ、頭にヤギの角を持つメフィストが溜め息をついた。仕事をさぼった散歩で愛玩動物を拾って嬉しいのだろうが、嫌味に笑顔で対応する辺りが曲者だ。


「その娘がお気に入りなら召し上げるのも構いませんが……お部屋から不用意に出られた場合、お命の保証は致しかねます」


 吸血種を始めとし、人間の血肉を好む種族がいないわけではない。普段は代用品で過ごす彼らだが、目の前に甘い餌の香りをさせる獲物が横切れば、襲い掛かっても仕方ないとメフィストは苦言を呈した。主が連れ込んだ人間の雌に興味はないが、うっかり襲った同族の末路は心配だ。


 無駄に出歩かないよう釘を刺そうとしたメフィストだが、イヴリースは黒曜石の目を細めて冷たく言い放った。


「余の寵愛を受ける娘を傷つける愚か者ならば、城から放逐しろ」


「……もう?」


「これからだ」


 くすくす笑ったイヴリースの冷たい表情が崩れる。もしや手をつけた後かと焦るメフィストは、ほっと胸を撫でおろした。魔王の妻はこの国の妃となる者――婚前交渉は許されない。ずっと妻を娶ることを厭うてきた主君がようやく見つけた女性なら、大切に扱う必要があった。


 たとえ人間の匂いをさせる、魔族以外の種族であっても。

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