第8話 噂はすべて裏がある

 青ざめる騎士を安心させるために微笑む。


「騙された同士、手を組んだ方がいい――我が妹ならそう言うだろう。よかろう、馬車にまだ空きがある」


 馬を引いて歩き出すベルンハルトに、護衛のように騎士が付き従う。その隣に並んだエルザは嬉しそうに頬を緩めた。


「やっぱり、綺麗なお姫様は優しいのね」


 無邪気に喜ぶ姿は、本当に何も知らなかったと僅かな疑いも晴らすに十分だった。男を選ぶ基準に打算が滲んでいても。ブルーノがそれで構わないなら、ベルンハルトが警告する義務もない。ベルンハルトが求めるのは、英雄ヘルマン男爵が味方についた触れ込みだった。おまけの聖女に興味はない。


 この国に聖なる力を持つ女性という意味での、聖女は存在しなかった。聖女は全く別の意味を持つ単語であり、他国で崇められる『聖女様』と別なのだと……王太子が知らないことが異常なのだ。


 完全に勉強をサボったな、あの豚。


 ベルンハルトは心の中で、顔だけ美形なふくよか王太子ヨーゼフを罵った。外壁を守る門へ着くと、そこには予想以上の光景が広がる。


「……想像より多いな」


 ぼそっと呟き、執事スヴェンを手招きする。エルザとブルーノを馬車に乗せるよう言付け、説明を聞いた。王宮で起きた出来事はまだ市井に出回っていないはずだ。なのに、人々は家財を担いで集まってきた。


 子連れの女性、家族連れの職人。置いていく決断は出来なかった。民こそ国の力――父アウグストの言葉が脳裏を過ぎる。


「スヴェン、馬車を買えるだけ集めよう。それから噂を流してくれ。『へーファーマイアー家はを歓迎する』と」


「かしこまりました」


 預かった金貨の入った袋を手に、老執事はにっこり笑った。一礼して下がる彼の指示で、馬車から降りた使用人が動き出す。


「旅人を受け入れる気ですか?」


 事実上の難民ですが。そう不安を滲ませるブルーノへ、ベルンハルトは笑って明るく返した。


「ああ、旅行した民が帰りたくないなら、我が領地の未開墾の土地にさ。我が家はそれを咎めたりしない」


 聞いていた市民が声をあげて喜び、その騒動を聞きつけた民が、噂を聞いて逃げ出す準備を始める。ある程度の馬車を調達した頃には、すでに空は夕暮れだった。


 夜の旅は昼間の10倍危険だ。戦えない民を連れての大所帯ならば、余計に。しかし、へーファーマイアー公爵領までの街道は、魔獣除けが施されている。夜道であっても襲われる懸念は少なかった。危険なのは、魔物除けが効かない存在の方だ。


「一応、強盗が出たら協力してもらう」


 戦力として数えたブルーノの剣の柄に、ぽんと手を触れてから彼の肩を叩いた。ベルンハルトの民を優先する姿勢に感銘したブルーノは、騎士の最高礼で応じる。


 民の王都脱出が始まった。









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