後日談23話、その後の話――セイジ、語る


「結論から言えば、商会は縮小したんですよ」


 二代目社長である、セイジは二十前とは思えない落ち着き払った調子で言った。


「そもそも、生き物も入るアイテムボックスがない時点で、成り立たない部分が大きかった。アイテムボックス内に家を作って住んでいたんですけど、それも使えなくなりましたし」

「アイテムボックス内に家?」


 トド・アンダールは驚愕する。セイジは笑った。


「普通、そんなのあり得ないって思いますよね? それが普通なんですけど、だからこそ、ソウヤさんのアイテムボックスが唯一無二の特別だってことの証明でもあるんです」


 トドの目に映るセイジは、少し寂しそうな顔をした。


「アイテムボックスだけじゃなくて、あの商会はソウヤさんのもので、そこに集まった人たちというのが、やっぱりあの人が要だった。だから……ソウヤさんがいなくなったら、やっぱり人間関係とかも、怪しくなるわけですよ」


 特にわかりやすいのが、前回魔王を討伐した勇者組メンバーたち。聖女レーラ、元聖騎士のカーシュやエルフの治癒術士ダルなど、商会の仕事にも協力的な人もいたが、特に商会業務と関わりがなく、仲間だった付き合い、魔族の跳梁を警戒して留まっていた人たちもいた。


「そういう人たちは、ソウヤさんがいなくて、魔族との争いもなくなれば、商会に留まる理由がないんですよ。失われた十年を取り戻すために、それぞれの道を歩み出すのを、僕らは送り出すことしかできないって」


 そして変化があったのは、古参メンバーや新参メンバーたちにもあって――


「魔獣使いのコレルさんが、従魔たちと世界を巡りたいと言ったのが最初だったかな。それでリザードマンのフラッドさんも、じゃあ自分もって旅に同行したんです」


 商会の整理を進めるセイジだったが、次にやってきたのは聖女レーラだったという。


『今回の戦いで倒れた人たちの冥福を祈り、被災された方々をひとりでも救いたい……。そう考えています』


 彼女は、勇者ソウヤと親しい間柄だった。ソウヤさんのいない商会についていても仕方ない――そう解釈したセイジは、聖女である彼女の行動に賛意を示した。


「何より、レーラさんの目が、どこまでも真っ直ぐで、ソウヤさんみたいだったんですよ。それで察したんです。『あ、これはもう大丈夫だ』って」


 間違っても、ソウヤの後を追って自殺するとか、そういうことはないと。ソウヤがいなくても、レーラは歩いていけると。


「で、ここでまた、人が抜けたんです。勇者組のメリンダさんは、レーラさんの護衛を自負していましたし、カリュプスの人たちも、ソウヤさん亡き後、レーラさんを絶対に守るって」

「カリュプスというと……あの伝説の殺し屋集団の?」


 トドの問いに、セイジは微笑した。


「その残党というか、行き場のないあの人たちをソウヤさんが救い、呪われていたカリュプスの人たちをレーラさんが助けた。そういうことです」


 元カリュプスのメンバーというのは、銀の翼商会でも古参メンバーであった。セイジもまた、彼らから戦い方を教わったという。


「ティーガーマスケ――凄い人気でしたからね」

「いやはや、お恥ずかしい」


 セイジははにかんだ。


「ああいう強い冒険者に憧れていた、というのもあります。それで銀の翼商会で学んで、ソウヤさんやジンさん、カリュプスの人たちに教わって、強くなれたんです。恩人ですよ」


 しかし、ソウヤ、ジンに続き、カリュプスのメンバーもゴッソリ抜けてしまった。


「それは……寂しいですね」

「ええ。でも、いつまでも周りに頼ってばかりもいられないですから。僕が言うのもなんですけど、独り立ちしないといけないって」


 セイジは小さく頷きを繰り返した。


「それで……レーラさんが自分で考えて、商会を離れるのをきっかけに、他の人たちもそれぞれの行く末を考え始めたんです」


 声をかけてきたのは、ライヤーだった。


『セイジ。飛空艇を処分するんだろう? ゴールデン・ウィング二世号、おれが買うわ』


 そして商会を抜けたいと、言ってきた。


「元々あの人は、古代文明の研究家で、ついでに世界を自由に冒険したいって考えていた。それまでゴールデン・ウィング二世号の船長って役割をソウヤさんからもらったんですけど、船を処分するんなら、もういいかなって」

「飛空艇を処分するのも、規模の縮小の一環だったので?」

「保有しても持て余していたので。一隻あればよかったですから」


 始めはゴールデン・ウィング二世号を残すつもりだった。あれが一番付き合いの長い船だったから。セイジや仲間たちにも愛着があった。

 だが他の船を売却するなら、と、それを機会にゴールデン・ウィング二世号を欲しいとライヤーが言ったのだった。


「結局、商会にはゴルド・フリューゲル号を残して、ゴールデン・ウィング二世号を売却に出しました。……ライヤーが買っていきましたけどね」


 朗らかに笑うセイジ。トドは、気になっていることを聞いてみた。


「ソウヤさんがいなくなって、そのまま商会も廃業――とはならず、縮小して活動は続けましたよね? 事業を継続した理由って何だったんですか?」


 頼みのアイテムボックスも機能が格段に落ちて、業務遂行能力も落ちた。それまで引っ張ってきたソウヤがいなくなり、そのまま商会が消えてもおかしくない。

 だが現実には、商会のメンバーたちで、続けることを選択した。


「僕も悩んだんですよ。ソウヤさんがいなくなって、銀の翼商会をどうするのかって」


 セイジは視線を落とした。ジンもミストもいない。商会古参として頼れる人がいない状況で、商会を終わらせるのか、存続させるのかの判断。

 事前に、ソウヤが『オレがいなくなったら――』という話をしていなかったこともある。どうするのが最善なのか、悩みに悩んだ。


「銀の翼商会がなくなったら、僕はどうすればいいんだろう? 一冒険者としてやっていくのか、とか……色々考えて。でも商会がこのままなくなったら、ソウヤさんの存在も消えてしまうような気がして、何とか残さないとって思うようになりました」


 セイジのその思いを後押ししたのは、親しい関係にあるソフィアの言葉もあった。


『私にとって、銀の翼商会って自分を育ててくれた場所だもの。なくなるのは、とても寂しいわ』


 今では伝説級の六色の魔術師と言われるほどのソフィア・グラスニカにとっても、銀の翼商会の日々があっての『今』だった。そういう思い出がいっぱい詰まった商会を終わらせるのは、セイジにはできなかった。


「自分が引き継いでもいいものかどうか、迷ったんですけど、そういう時、ミストさんの声が聞こえた気がしたんですよ。『迷ったら考えるな、進め』って」


 セイジは、二代目責任者となり、銀の翼商会を引き継いだ。


「ソウヤさんもね、たぶん僕が迷っていたら、前へ進めって言っていたと思うんですよ。そう思ったら、いつまでも迷ってる場合じゃないなって」


 かくて、商会は規模こそ小さくなったが、仕事は続けている。


「そうやってやっていくと、不思議なもので、ソウヤさんもミストさんは、僕らと行動していないだけで、今でも生きてどこかで仕事しているんじゃないかって思うようになったんです」


 オカルトですけどね――とセイジは笑い、トドも苦笑するしかなかった。

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