後日談19:イーデンの海と沈没船と親睦会?2


 ソウヤがまだ人間の勇者で、銀の翼商会の社長をやっていた頃の話である。

 タルボットから水吸飴の話を聞いた銀の翼商会はイーデンの町に到着した。


「うわぁ、人がいっぱい!」


 ソフィアが声を上げる。華やかな住宅街の奥は、海岸になっていて、その砂浜は、人、人、人。


「随分と変わった格好しているわね……? あれは何かしら?」

「何だか下着みたいですけど……」


 リアハがやや眉をひそめている。


「人前で肌を晒し過ぎでは……?」

「ここは暑いですから」


 修道女のような衣装の聖女レーラはニコニコした顔で言った。


「暑いところでは、男性も女性もああして肌の露出が自然と増えるものです。……ねえ、ソウヤ様?」

「そうだな」


 勇者パーティー時代、色々な場所を回ったが、南国の太陽に日焼けした方々とも出会った。ただそれらは葉っぱを加工して作ったものを纏っていることが多かったが――


「水着だ」

「え、なに?」


 ソウヤの呟きを、ミストが聞き逃さなかった。ソフィアも振り向いた。


「あの下着みたいなやつのこと?」

「水の中に入っても大丈夫な服。水に濡れてもいい服というべきか、泳いだりする時には便利なものだ」

「ふうん、なんで下着っぽい形なの?」

「お前、袖付きの服とかローブまとって水に入ったらどうなる?」

「あぁ、なるほど、経験はないけど溺れてしまうって聞いたことがあるわ」


 着衣水泳は本当に難しい。布が水を吸って、重くなるのだ。


「そういうこと。泳ぐために最適化した格好ってやつさ」


 しかし――ソウヤは首を傾げる。この中世風な異世界にしては、やたらと現代チックなデザインの水着である。そちらの方がソウヤには違和感だった。


「随分と賑わってますなぁ」


 カリュプス組のオダシューが浜辺を見回した。


「仕事をしているわけでもなさそうですが、何かの祭りですかい?」

「祭り? そうなんですか?」


 セイジもやってきた。ソウヤは肩をすくめる。


「さあな。沈没船ツアーとか、何かやっているらしいとは聞いたが……。ま、話を聞いてみればわかるか。水吸飴のこともあるし」



  ・  ・  ・



 このイーデンの町に面する海には、古い時代の船がいくつも沈んでいるらしい。これを観光資源として、水吸飴を使ったダイビングスポットを町が用意した。

 水吸飴は一粒で2時間は水中で呼吸できる上に、町が定めた安全ライン内の深さならば人体にも影響がないという。その範囲内に船が沈没しているが、それ以外にも自然豊かで、普通に潜って見る分には楽しめるらしい。


 これで観光客を呼ぼうというわけだが、それともうひとつ、面白い施策があって、発掘されたクレイマンコレクションの水着を再現した、貸し水着屋がセットで商売をしている。海に潜るのに、普通の服では不便なので、より水に適した服をご用意。これで自由に海を探検できます――というのが売りだった。

 なお、貸し水着屋だが、普通に水着の販売もしている。


「上手く考えられたものだよ、これは」


 我らがクレイマンコレクションのオリジナルであるジンが、そう評した。


「沈没船ツアーはおまけだな。本命はこの水着販売だろう。ただ水着を売るだけでは、海で泳ぐ風習のない人間には引っかからないが、沈没船探検、海底探険、ついでに海でしか見られないかもしれない光景に興味を惹かれる人間には、ほぼ確実に水着をお試ししてもらえる」


 実際に潜る人間には、十中八九水着を体験してもらえる。その便利さが知られれば、気に入った人はその場で買うだろうし、たとえ買わなくても、それぞれの故郷に戻った人たちが沈没船ツアーの話を聞かれた時に、水吸飴や水着の話をするだろう。そうやってイーデンの町の外の人にも水着が知られていき、噂を聞きつけた、必要としている者たちが買いにくる、と。


「これもひとつの口コミだな。それもかなり広く浸透しそうな客層だ」


 よくよく見れば、ツアーを楽しむ人より、浜辺で水着を着て遊んだり、泳いだりしている人も多くいるようだった。

 水着のバリエーションも男女ともに実に豊富で、子供用から大人用まで用意されているようだった。


「そっちは多分、半分くらいは地元民だと思うよ」

「そうなのか?」

「さすがに子供連れで、獣のいる町の外を旅行するのはしんどいからね。家族連れの多くは、サクラとまでは言わないが、地元の人たちだと思う」


 町おこしのようなもの、とジンは指摘した。確かに浜辺で水着を着た親子や友人らで、楽しそうに遊んでいれば、いいかもと思えるかもしれない。周りで水着を着ているのが普通という空間なら、初めて水着を着ける人も抵抗が少なくなるだろう。

 イーデンの町の人たちの着想と努力に、敬意を抱くソウヤだった。


 そして、そんな雰囲気にあてられた者たちが、銀の翼商会にも現れて――


「ソウヤ! わたし、沈没船ツアーに行きたい!」


 ソフィアが真っ先に手を挙げた。


「ね、セイジ。あなたも見に行かない? 海の中!」

「えっ、僕……?」

「そうよ! あなた、海の中って知らないでしょう? 結構綺麗なんだから! この前、潜水艇に乗ったけど、凄かったのよ! あなたも体験するべきだと思うわ!」


 アクアドラゴンを探す際、ジンの用意した『オーシャン・サファイア』号で海に潜ったことをソフィアは覚えて、それを気に入っていたらしい。


「そ、そうなんだ……」


 セイジは戸惑う。水着で遊んでいる人々をチラと見て、そして仲間たちの後ろにソフィアの父イリクと兄サシーがいるのが見えて、少年は躊躇いがちに聞いた。


「水着を借りて?」

「そうよ、もちろん! なんか結構可愛いのもあるし。ね、リアハ! あなたも来なさい!」

「え、ええっ!?」


 あからさまに吃驚するのは、グレースランド王国の姫リアハ。


「あ、あれを着るんですか……?」


 恐る恐るという感じで指でさすリアハに、ソフィアは頷いた。


「もちろんよ! それとも裸で潜るつもり?」

「い、いえ! そんな破廉恥なことはできません!」


 ブンブンと首を横に振るお姫様の腕を取るソフィア。


「じゃあ決まり! ソウヤ、わたしたち行ってくるね!」


 ソフィアらが先陣を切り、様子を見ていた者たちも、何人かで浜辺の貸し水着屋の方へと移動した。それを見送り、ソウヤは首を傾けた。


「ま、いいか」


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次回、不定期更新。3巻製作中につき、少々先になるかも。

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