第613話、緑の墓所・内部


 外は奇抜だが、中は至って普通の石造りの建築物だった。黒ずんだ石の壁は、日に当たらないせいか、やけに冷たかった。


 通路を抜けると、広い部屋に出た。


「何もないな」


 ソウヤは思わず呟いた。だだっ広いが、棺や墓石もなく、ただただ空っぽの部屋だった。ミストは微笑した。


「棺があるのは、二階分下よ。で、アガタの棺があったとされるのは、さらに二階下だったはず」

「来たはいいですが、やはり誰もいないのでは?」


 オダシューが首を傾げた。


「全部調べるんですか?」

「実はこの構造物のどこかに、エルフたちが隠れている、という可能性は?」


 ここまで来たのだ。きちんと捜索した上で、それでも誰も見つからないなら帰るまでである。


 ソウヤたちは進んだ。と、その時、通信機が鳴った。


「オレだ」

『プラタナムです』


 エルフ集落の上空に待機しているプラタナム号からだった。


「何かあったのか?」

『外は何も。むしろ、勇者ソウヤ。あなたたちの方こそ大丈夫ですか?』

「というと?」

『シグナルがだいぶ小さくなっています。地下にいるようですが、それ以上潜ると、私でもあなたを捕捉できなくなります』

「つまり、通信もできなくなるってわけか。サンキュー、プラタナム。今のところ、オレたちは元気だよ」


 やりとりの後、通信を終えてソウヤは先を急いだ。プラタナムが探知できないということは、エルフの人たちがここに隠れていてもわからないということだ。俄然、確認しないといけない。


 下の階層へ下りる。基本一本道のようで、通路と大部屋を交互に繰り返しつつ、下への階段に辿り着く。


「何だあれ……」


 通路の先に、奇妙なものが浮いていた。半円状のドーム頭に逆三角形の胴体という代物が、宙に浮いている。ドーム頭の真ん中には赤い目のような球形がついている。


「ゴーレムみたいだな」


 カマルが言った。ソウヤは眉間にしわが寄る。


「ゴーレム? あれが?」


 手も足もないゴーレムというのは馴染みがない。もっともカマルの見た感想だから、本当にそれがゴーレムかもわからない。


「ミスト、あれは何かわかるか?」

「さあね。前に覗いた時は、あんなものはなかったわ!」


 ――それって、敵かもしれないってことか。


 それとも、本当にエルフたちが隠れていて、その防衛用に設置されたトラップの類いとか。


「気をつけろ!」


 ドーム頭の目のような部分が光った。次の瞬間、赤いビームじみた魔法弾が飛んできた。


 とっさに回避――!


 メリンダが盾で魔法弾を防ぎ、レーラを守った。


「撃ってきた!」

「くそがっ!」


 ソウヤはアイテムボックスから斬鉄を抜くと、それを思い切り投げた。豪腕をもってぶん投げられた大剣は、ドーム頭と逆三角形の胴体を真っ二つにして、スクラップにした。


「何だってんだ……」


 ミストとフラッドが、すぐに壊れた浮遊物のもとに行ったが、それは塵のように消えた。


「何だと思う?」

「召喚生物、いや使い魔だったかもしれないでござるな」


 フラッドは舌をチロチロと覗かせた。


「しかし、どうにもエルフが使うモノとは違うもののように感じるでござる」

「確かに。エルフらしくないわね」


 ミストも同意した。よくわからないものだが、とりあえず撃破したようだった。そのまま次のフロアに行くと、空っぽの棺が等間隔に並んでいる大部屋に出た。ここは特に異常はなさそうだった。


 道なりに警戒しながら進む。カマルが口を開いた。


「不謹慎かもしれないが……緑の墓所という割に、これといって緑の要素が皆無なのは気のせいだろうか?」

「石造りで、普通に遺跡っぽいもんな」

「種族的な意味合いじゃないでしょうか」


 レーラが視線を周囲に向けながら言った。


「エルフにとって、緑というのは象徴の色だと聞いたことがあります。緑=エルフとして見れば――」

「なるほど、エルフの墓所か」


 ソウヤは納得した。もちろん、エルフ本人から聞いた話ではないので、たぶんに憶測だが。


 ソウヤたちは先を行くが、攻撃してくるものもなければ、不審物もなかった。ただ空っぽの棺ばかりと遭遇するのは、気分的に滅入ってくるものがある。


 前回、遺体がなくなったということで、騒動になっていたが、どこへ行っても、空の棺ばかりぶつかる。


「この墓所の遺体、全部持ち出されたのか?」

「絶対まともじゃありやせんぜ」


 オダシューが胸糞が悪いとばかりに顔をしかめた。


「しっ」


 ミストが、静かにと指を上げた。


「何かいる。この奥に」


 ドラゴンの気配察知が何かを感じ取ったのだ。


「エルフか?」

「わからない。ひとり……? いえ、これは!」


 ミストが一瞬驚いた。


「どうした?」

「複数の生命を感じる。でも、眠っているのかしら? 動いているのはひとりだけみたい」


 エルフが管理している墓所にいるとしたらエルフくらいだが、どうにも不可解だった。


 ソウヤたちは踏み込んだ。


 そこにいたのは、ひとりのダークエルフ魔術師と、虚ろな目で佇む無数のエルフたちだった。

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