第586話、彼女は死者? それとも別人?


 カーシュ曰く、アガタを当面の間、銀の翼商会で預からせて欲しいとのことだった。

 いきなりそんなことを言われても――と困るようなソウヤではない。


「おう、いいぞ」


 基本、来る者拒まず、去る者は追わずなのである。それで困るようなギリギリ生活をしている銀の翼商会でもない。


 そもそも、死んだはずのカーシュの恋人が、生きて目の前にいるという時点で、もう少し詳しい話を聞きたいというのもあった。


「とりあえず、カーシュ。空き部屋はあるから、彼女を案内してあげて」

「了解。恩に着る」


 そうして二人が退席し、ソウヤはダルに向き直った。


「さあ、ダル、話してくれ。オレの記憶違いでなければ、カーシュの恋人は十年前に死んだんじゃなかったのか?」


 ソウヤだけでなく、当時の勇者パーティーにいた者なら、本人に会ったことがなくても話くらいは聞いているはずだ。


「ええ、その認識で正しかったと思いますよ」


 エルフの治癒魔術師は真顔になる。


「私も当時、あの場にいましたから。私たちが駆けつけた時、アガタは魔族と戦い、倒された。……彼女は、カーシュの腕の中で息を引き取った」


 ダルは治癒魔術師として治癒魔法をかけ続けていた。それでも回復が間に合わず、アガタの死亡を確認したのだった。


 ――その場にオレがいたら、アイテムボックスに収納して助けられたかもしれない。


 ソウヤは思ったが口には出さなかった。


 自分は何でもできる神ではない。手の届く範囲の命をとりあえず生かすことくらいしかできない。


 たら、れば、でどうこうできるほど世界は甘くない。


「だが、いまここにそのアガタって人がいる」


 ソウヤは首を捻る。


「ただ名前が同じ、ってオチじゃないよな?」

「さすがにそれだけで、カーシュがあそこまで真剣にはなりませんよ」


 ――だよな。むしろ同胞であるダルのほうが保護に積極的になっていたはずだ。


「顔も、体つきも、名前も同じ……これは果たして偶然なのか?」

「世界には自分と同じ顔の人間が3人いるって聞いたことがあるぜ」


 本当かどうかは知らないが。もちろん、ソウヤとしては冗談のつもりだったが、ダルは笑わなかった。


「それを確かめる肝心な部分が抜けているんですよね」

「記憶、か……?」


 最初に紹介した時、ダルは言っていた。彼女は記憶を失っていると。


「モンテ商会の隠し倉庫で囚われていた亜人奴隷の中に彼女はいたのですが、はっきりと覚えていたのは彼女は自分の名前だけだった」

「あんたの血縁って話だったが、彼女は覚えていないと?」

「はい」


 ダルは肩を落とした。


「どこの森で育ったか? 家族の名前は? 彼女は何をしていたのか――捕まる前のことはほとんど」

「それはモンテ商会に捕まった時のショックで記憶喪失になったってことか?」

「断言はできませんが、可能性はあります」


 ダルの目はどこまでも真剣だった。


「大きな外傷はありませんでした。ただし心まではわからない。捕まる前から記憶を失ったのか、あるいは記憶を失って彷徨っていたところを捕まったのか……」


 それすらわからない。


「覚えているのは名前だけ、か」


 ソウヤは腕を組んだ。


「……死んだアガタが、蘇ったと思うか?」

「死者を蘇らせる? アンデッドでもなく? そんな奇跡の復活の魔法なんて、あるとすれば神の所業でしょう」

「つまり、あり得ない」

「人を復活させる魔法があるなら、話題になってますよ」


 ダルが皮肉げに唇を歪めた。


「治癒魔術を使う者にとっては究極の理想なのでしょうが、そんな魔法の使い手のもとには、蘇らせてほしいと願う人々で永遠に切れない列ができているでしょうね」

「……」

「人は蘇らせられませんが、あらゆる傷や病を取り除ける聖女にすら、人は群がりますから」


 レーラという身近な例があるだけに、ソウヤにも容易に想像がついた。勇者パーティーに参加しなければ、彼女は救いを求める者たちに応えて自由を失っていただろう。


 石化と瀕死の呪いが解かれて、復活したレーラのことを、当面秘密にしておこうとグレースランド王と示し合わせたが、父である王も、娘が教会に箱詰めになるのを快く思っていないからだろう。


 でなければとうに聖教会の偉い人がやってきて、レーラを教会に戻せと要求してきたに違いない。


 閑話休題。


「復活させることは不可能としたら、あのアガタはいったい誰だ?」


 死んだのは、ダルもカーシュも確認している。


「死者蘇生の魔法がない。死者を復活させる秘薬、あるいは神の奇跡……」

「秘薬って線は、どこかのダンジョンとかから発掘されるかもしれないから、可能性はあるんだろうが……」

「ええ、そこでひとつ謎が出ますね。仮に復活の秘薬があったとして、何故アガタを復活させたのか?」


 ダルは指摘した。


「彼女は腕のいい魔法騎士ではあったけれど、だからといって復活の秘薬を使う対象に選ばれる理由がわからない。もっと有名な人や、復活させるべき偉人などがいたはず」

「まあ、そもそもそんな秘薬があるのかって話だけどな」


 その時、コンコンとドアがノックされた。ソウヤが「どうぞ」と返事をすると、入ってきたのはリザードマンのフラッドだった。


「どうした?」

「カーシュ殿の思い人が蘇ったと聞いてきたでござる」

「今、その話をしていたんだ」

「某にも話を聞かせてほしいでござるよ」


 フラッドが、ドカッと席についた。ソウヤは席を立つ。


「お茶を淹れよう。レーラよりうまくないかもしれないが」


 レーラが退席しているので、代わりにやろうとすれば、フラッドは首を振った。


「お構いなく。レーラ殿はカーシュ殿とその恋人殿と一緒にいたでござるから、仕方ない」


 そこから、ダルはフラッドに、ソウヤと話していた内容を説明した。


「――なるほど、正直なところ、アガタ殿が本当にカーシュ殿の思い人だった方と同一かわからないということでござるな?」

「記憶がないのでは、確かめようがないので……」

「承知した。では某が一皮剥、もと一肌脱ぐでござるよ」

「何か方法が?」

「某が、アガタ殿の魂と交信するでござるよ」


 フラッドは、魂を呼び出し、交信する術を持っている。


「これは魂の記憶。頭の中とはまた別――お許しいただけるならば、確かめるでござる」

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