第550話、我、奇襲に成功せり


 魔王軍の秘密拠点は近い。


 幸いにも、ここまで敵の飛空艇や空の魔物との遭遇はなかった。


 闇夜の中、地表も真っ暗なのだが、周囲を山に囲まれたその巨大施設は、わずかに光がいくつか見えた。ミストらドラゴンの魔力眼を以てすれば、丸見えではあるが。


 サフィロ号は、ゆっくりと魔王軍の大陸侵攻軍拠点の上空へと迫っている。


「あの辺りが全部、敵の拠点だって?」


 エイタはニヤリとした。


「いくら何でもサフィロ号単独じゃ、どうしようもない規模だな」

「単独じゃねえさ」


 ソウヤは相好を崩した。ここまでの道案内を果たしたミストも頷く。


「今のところ、魔族がこちらに気づいている様子はないわ」

「人間がいないってのは間違いないな?」

「ええ。魔力眼で探しまわったけど、あそこにいるのは魔族だけよ」


 ミストは請け合った。エイタが口を開く。


「秘密拠点だもんな。人間に対して隠れて基地を作っていたんだ。人間は近づかせたくないんだろうよ」

「でもあいつら人間になりすまして、帝国の人間を働かせていたって話だろ?」

「それは今作っている拠点については、って話じゃなかったか?」


 エイタが、チラと黒猫もどきの姿のリムを見た。彼女はツーンと顔を逸らした。


「いざ正体が露見した時に、人間たちに知られない場所を本拠地にするってのは、よくある話よ」

「だそうだ」


 エイタは視線をソウヤに戻した。


「じゃ、頼むぜ」

「おう。……ミスト、行くぞ」

「ほいほーい」


 ミストがその姿を白き霧竜へと変える。甲板にいた豚亜人のポーキーたちがビックリしている。


 ソウヤがミストの背に乗れば、霧竜は翼を羽ばたかせて、サフィロ号の甲板を離れた。


 先ほどまでに感じていたより強い風が、ソウヤの肌を撫でた。ミストドラゴンの力強い飛翔。青い飛空艇の周りをぐるりと一周し、その斜め後ろにポジショニング。


 ――さあて、出すぞ。


 ソウヤはアイテムボックスを操作する。収納リスト欄から選択。その瞬間、ミストドラゴンのすぐ右側に、トルドア船が出現する。


 リッチー島傭兵同盟所属のトルドア船型巡航船『ファートゥム』だ。ミストドラゴンは緩やかに飛行。サフィロ号、ファートゥム号が先に行き、距離が開いたところで、ソウヤは次の船をアイテムボックスから出した。


 トルドア船『ファートゥス』号。そして最後に『フォルトゥーナ』号を出す。


 リッチー島傭兵同盟の巡航船3隻を出し終わり、ソウヤは続いて、軽クルーザーへと取りかかる。


 魔王軍の警戒や哨戒塔に察知されることなく敵の秘密拠点に大部隊が近づく方法。その答えが、これだ。


 ソウヤのアイテムボックスに飛空艇部隊を収納し、潜伏と単独突破能力に優れるサフィロ号のみで先行。霧を雲に見せて隠密航行をすることで、敵の見張りの目を避けて、敵地上空近くで、収納していた飛空艇部隊を展開させる。


 ソウヤの、生き物も入れて、容量も無限なアイテムボックスだからこそできる移動術だ。敵地強襲という点では、魔王軍が制圧していたグレースランド王国の王城への突撃と同じだ。


 あの時は突撃要員しかいない上に、城以外は魔物化しつつあるグレースランド王国民と戦わないようにとった苦肉の策ではあった。


 だが今回、それなりの戦力をもっての攻撃だ。


 この世界の軍事上、飛空艇部隊の奇襲のためのアイテムボックス使用は、初の試みだった。


 ミストドラゴンの助けを借りて、ソウヤは闇夜に、飛空艇を次々に出していく。


 リッチー島傭兵同盟が、ジンの機械人形たちだからこそできるが、もしこれが他国勢力との共同作戦だったなら、こうはいかなかっただろう。


 ソウヤのアイテムボックスの軍事利用は、物資輸送面で活用しようという動きは当然ある。


 だがまさか飛空艇を丸々収納できるとは、思われていないし知らせてもいない。これが世間に知れ渡れば、十中八九、ソウヤを自国に独占しようという国が現れる。自由にぶらつくことなど不可能、一生飼い殺しなのは想像がつく。


 リッチー島傭兵同盟、そして銀の翼商会の飛空艇を出し終わり、輸送船などを除く5隻以外が、魔王軍の秘密拠点へと進撃する。


 さらに飛竜母艦から、ワイバーンライダーを乗せた飛竜が飛び立つ。ゴールデンウィング二世号から、クラウドドラゴンと影竜も飛び立ち、ソウヤとミストドラゴンのもとへ集まる。


「ようし、ミスト。オレたちが先鋒だ。派手にやっていいぞ!」

『待ってました!』


 ミストの念話が返ってくる。霧竜は加速し、クラウドドラゴンも随伴。少し遅れて影竜と飛竜部隊が続く。


 凄まじいスピードでダイブするミストドラゴン。ソウヤはその背中にしがみつく。風を切る音が轟々と耳を打つ。


 魔王軍の秘密拠点の飛空艇用離着陸場には、識別灯があって停泊している船のシルエットをわずかながら浮かび上がらせている。


 それめがけて矢のように急降下するドラゴン。


『まずは先制!』


 ミストドラゴンの口腔が発光する。夜目に慣れ、地上の施設の様子がはっきりわかるくらい近づいたのに、ドラゴンの光で少し見にくくなる。


 だが構わない。ソウヤは見えずとも、ミストは見えているから。


 そして放たれた。


 ドラゴンブレス。大地を焼き尽くす竜の咆哮。光の滝が地上へと降り注ぐ。


 同時に、クラウドドラゴンが強烈なる電光を迸らせた。野太い紫電が走り、離着陸場の魔王軍飛空艇を抉り、引き裂き吹き飛ばした。


 光に、稲妻に、魔王軍飛空艇の船体がへし折れ、燃え上がり、そして爆発した。


 ミストドラゴン、クラウドドラゴンが駆け抜けた後には、炎上する敵飛空艇が複数隻見えた。


 続いて、影竜とワイバーンライダーが施設に突っ込んできた。


 襲撃に慌てふためく秘密拠点の建物に、影竜がブレスを一閃させる。これまでは煙と毒ブレスだった彼女も、攻撃系のドラゴンブレスを習得し、その威力を遺憾なく発揮した。


 ワイバーンライダーの駆る飛竜も、運んできた爆弾を切り離して地上施設へ爆撃を行う。


 第一撃で、離着陸場と施設の半分ほどが破壊され、炎に包まれた。


 だが、まだ始まりに過ぎない。


 サフィロ号に先導されたリッチー島傭兵同盟艦艇と、銀の翼商会の飛空艇が、魔王軍の秘密拠点上空に侵入したのだ。

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