第541話、見守る目


 銀の翼商会を招いてのパーティーは続く。


 カマルの目は、ソウヤとお嬢様方、そしてグレースランド王へと向けられる。


 エンネア王国の諜報員でもある彼は、どうしても場を楽しむよりも観察を優先させてしまう。


 ――ふむ。


「カマル、その目やめな」


 メリンダがカマルの持っている皿を無理矢理取り替えた。


「私は魚がいいのだが」

「ここは海のないグレースランドだ。肉を食え」


 女騎士は、ぶっきらぼうな調子に言った。普段着ないドレスをまとっているものだから、テンションがおかしいのだろうか、とカマルは思った。


 ――いや、違うな。


「お前、酒を飲んだな」

「うるせぇ。食事会で出されたワイン飲まない奴いるっー?」


 顔色は別に変化はないが、ピッチは早い気もする。


「お前、また拗らせているのか?」

「また、とは何よ?」

「失礼、『まだ』だったな」

「あのさあ、こういう場で傷口抉るようなことを言うのやめてくれる?」


 ――黙っていれば騎士なのだが……。


 メリンダの普段の言動との落差には、いつも驚かされるカマルである。


 元勇者パーティーメンバーの前だと、メリンダはより素の部分を出す傾向にある。かなり庶民的で、気の強い一面が。


「新しい恋でも始めたらどうだ?」

「やめなー。新しい恋とか言うの」

「ガワはいいんだ。……私と違ってお前は10年前の姿のままだ」

「あんたは、アタシの保護者か」

「友人としての忠告だ」

「大きなお世話だよ、まったく。……そういえば、あんたは結婚してんの?」


 メリンダは10年アイテムボックス生活で時間が止まっているが、カマルはソウヤ同様、外の世界の10年を経験している。


「相手がいなくてね」


 職業柄――カマルは今も昔も諜報畑の人間である。ただし、皆には言わないが、やはり職業柄、異性との付き合いの経験は豊富である。


「ざまあみろ」


 メリンダは先のお返しとばかりに言った。カマルは苦笑する。


「人に言った悪口は自分に返ってくるものだぞ」

「おっと、失礼。口が滑ったわ」


 メリンダは肉を切り分け、自分の皿へと載せる。カマルは言った。


「こういうパーティーにお前が参加するのが意外だった」

「食事会よ。別にいいでしょうが」

「まあな。しかし、ドレスもしっかり着込んで――」

「むっ……どうせアタシには似合いませんよーっと」


 自嘲気味なメリンダである。


「似合っているぞ」

「はいはい、口先だけね」

「ひどいな。それでは私は嘘つきみたいではないか」

「え、あんたは嘘つきの自覚ないの!?」

「えっ、そうなのか?」


 大げさに驚くフリをするカマル。傷ついたという顔をすると、メリンダは詫びた。


「あんたでもそういう顔をするのな。ごめん」

「気にしてない」


 本当のことだし、とカマルは心の中で呟く。


「ちなみにだがメリンダ。お前はソウヤは誰とくっつくと思う?」

「何よ、いきなり……」

「お前、レーラ様の護衛騎士やっているだろ。だったら分かるだろう? レーラ様はソウヤに惚れている」

「あー、まあ、そうね」


 そこでメリンダは露骨にテンションが下がった。


「ソウヤはモテるわよ。でもあれはよくわからないわ」

「近くで見ているのだろう?」

「レーラ様は惚れている。でもあの二人を見ていると、なんかもう夫婦って感じ」

「では、レーラ様の勝ちか?」

「勝ちとか負けとかじゃないんだけど、リアハ様もソウヤに恋してる」

「一歩引いたところにいる感じだな」

「あとミストドラゴン」

「ドラゴンだぞ?」

「抱き合っているのを見た」

「!?」


 カマルは耳を疑った。――ソウヤとミストが抱き合っていただと!?


 いや、以前関係をにおわせる発言をしていたのは直接見ている。ソウヤが部屋に連れ込んだのがミストなのも察していたが、一線を超えたとは本気で思っていなかった。


「それに夫婦っていえば、影竜とその子供たちはすっかりソウヤと家族やってるし」

「チビたちは懐いているな」

「影竜も、ソウヤに色目を使い出した」

「ドラゴンだろ……」


 ますます分からなくなるカマルである。人間同士ならば話は分かる。しかし人とドラゴンなど、関係を結べるものなのか?


「やはり異世界からきた男というのは、変わり者ということか」

「まあ、魔王討伐の時から見てても、普通ではなかったわね」


 メリンダも同意した。


 そもそも、ソウヤの身体能力、特にパワーは人間の領域を超えている。ドラゴンとて素手で殴り合える男、などとパーティー内では言い合ったものだが、事実として魔王と互角以上に張り合った。


 カマルは、女性たちに囲まれる勇者を見やる。


 ミストと聖女様が、ソウヤとの関係で一番近いところにいて、影竜、リアハ姫が一歩下がった位置で追走か。


 グレースランド王を見れば、レーラとソウヤが話しているのを見て、目を細めている。銀の翼商会を招いての夕食会の目的はこれを見るためだったのだろうと、カマルは思う。


 ――さて、陛下にはどのように書いたものか。


 繰り返すが、カマルはエンネア王国の諜報員である。銀の翼商会に同行し、そこで見聞きした魔王軍の情報ほか、商会の活動などを報告する任務があった。


 ――アルガンテ陛下も、ソウヤには友情を感じてはいるが、将来のことを考えれば、彼が誰と結ばれるのか、気になるところではあるんだよな。


 カマルがそれに関心を持っているのは、単に好奇心だけではないのは間違いない。

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