第426話、魔術師の念話


 ソウヤたちが通信機の話をしているのを、イリクや魔術師組がそわそわしながら聞いていた。


 最近、念話についての指導を受けていたこともあり、通信用の魔道具の話も興味津々だったのだ。


 ……いや、普通にジンが作っている魔道具は、どんなものでも興味があった。量産型浮遊バイク、操縦可能な新式ゴーレムと、これまで見たことがないものを作ったと言えば、それも当然である。


 通信機という連絡手段。魔法に関してはそれなりに知っているイリクも、記憶をたどれば遠距離通信用の魔道具の存在は知っている。


 ただしこれは古代文明の遺物だったり、伝説級魔術師が古代の魔術を以て作ったものであり、数が非常に少ない上に秘匿される傾向にあった。


 つまり、実物を見たことがない、というのも珍しくない。しかも通信というのは自分ひとりでやるものではなく、相手が必要だ。通信の魔道具は、最低でも二つ以上存在しないと使えないのである。


 ゆえに、小型の通信用魔道具を複数作ったというのは画期的だった。


 しかも魔力の素養に関係なく、使い方さえわかれば誰でも使えるという。


「いやはや、これは凄いなんてものではないぞ……」


 イリクはジンから通信機を借りて、魔術師たちとそれを検分する。


「距離に制限はあるといえ、わざわざ直接会わなくても会話ができるとは」

「念話でもできますよね?」


 若いアーチが言えば、イリクの息子であるサジーはたしなめた。


「念話が使えない者とでも交信できるというのがいいのだ」

「あ、なるほど」


 アーチが理解した。


「伝令をわざわざ出さなくてもいいわけですね?」

「お互いの位置確認にも使えそうですね」


 そう言ったのはアーチの同僚であるジェミーだ。理知的な雰囲気ただよう黒髪の女魔術師は言った。


「特にアーチ、あんたを探して王城を探し回らなくて済むわ。あんたはよく迷子になるものね」

「誤解だ、オレは別に迷子になっちゃいないぜ?」

「でも方向音痴じゃないですか」


 眼鏡っ娘のソワンが指摘した。ムッとするアーチだが、サジーは控えめに笑った。


「たしかに、連絡を取り合えば、お互いに待ち合わせや迎えに行くこともできよう」


 ちら、とサジーはジェミーを見た。


「作れそうか?」

「マスター・ジンが、これにどれだけ複雑な魔法回路を使っているかにもよるわね」


 魔道具作りもしているジェミーは眉間にしわを寄せる。


「なにぶんこれだけ小さいとね。職人クラスの技術が必要かもしれない」


 実家が魔道具屋でもあるジェミーは言った。イリクは頷く。


「ソウヤ殿とジン殿の話では量産化も検討しているようだ。いずれジェミーにも声がかかると思うぞ。……まあ、私もぜひ製造に関わりたいものだが」


 イリクも魔法文字を使った魔道具製作ができる魔術師である。いまから好奇心が抑えきれない。


 これにはサジーも苦笑する。


「仕方のないお人だ」


 王都魔術団の面々も、上司のイリクの性格を知っているので生暖かな表情になる。


「盛り上がっているところ済まないが――」


 ジンが輪に入ってきた。


「魔術師組はこれから、念話の講義と実習をやるから……通信機はしばらくお預けだ」

「念話の講義ですか?」


 アーチが渋い顔になった。


「通信機ってのがあるのに?」

「魔術師なら念話を使いこなして一人前、と思うがね」


 そこで、ジェミーとソワンが目を逸らした。先日、魔力念話について、銀の翼商会にいる魔術師たちが使えるかどうかの確認がとられ、その際、個々で念話の能力にばらつきがあるのがわかった。


 ジェミーとソワンは念話が苦手。アーチも初回講義を受けるまでは、ほとんどできなかったのだが、講義の後は一応使えるようになっていた。


「ただ話すだけなら、なるほど念話も通信機も同じように思えるだろうが、実のところ魔力を飛ばしている念話と、電波に置き換えている通信機は似て非なるものなのだ」

「そうなんですか?」


 通信機について話せる魔道具という認識しかないのでアーチは首をかしげた。ジンは鷹揚に頷いた。


「そうなのだ。だから通信機がある一方で、念話も使えるようになっておけば、いざという時に選択肢ができる。どちらか使えない状況でも、もう片方が使えるならね」

「確かに!」

「それに、さっきソウヤたちとも話したが、一言念話といっても、そのやり方や効果範囲はさまざまだ。であるなら、状況に合わせて念話が使えるようにマスターするのも大事だと思うね」



  ・  ・  ・



 かくて、場所を移しての魔法講義が始まった。


「――念話について、軽くおさらいしよう。魔力を飛ばす念話は、声を出すことなく、言葉や意思を飛ばす魔法だ」


 ジンの説明に、魔術師たちは頷く。


「古来、人は遠くにいる者に知らせる手段をさまざま模索してきた。伝令、手紙、狼煙や音による合図……。その中で、魔術師たちは魔力を飛ばす念話という手段を発見した」


 ちなみに――ジンは、一同を見回した。


「誰か、魔力念話はどういう経緯で開発されたか、その歴史を知っている者はいるかね?」


 魔術師たちは顔を見合わせた。ここでの弟子たちの中での最年長のイリクでさえも首をかしげていた。


「魔術師は秘密主義だからね。その発祥は謎なのだろう」

「ジン様は、ご存じなのですか?」


 闇魔術師のヴィオレットが挙手した。老魔術師は答える。


「私も知らない。だが、拡声魔法の応用か、あるいは他種族が念話を用いていたのを研究したのかもしれないね」

「……他の種族ですか?」

「悪魔やエルフなど魔法に秀でた種族。他には……そう、ドラゴンとかね」


 ジンは不敵に笑った。


 ドラゴンと聞いて、魔術師たちの顔色がさっと変わった。


 地上最強の生物と言われるドラゴン。その念話がいかなるものか、皆好奇心を大いに刺激されたのだ。

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