第410話、汚染除去は成功するのか?


 空から鳥型魔獣が降下してきた。


 ソウヤはそれを目の端に捉え、思わずガン見した。


 それは鳥というよりも鋭利なトゲのようなものが、弾丸よろしく突っ込んできたのだ。


「ホーンバード!?」


 獲物へ突撃する様が角猪などの角のように見えるから付いた名前だ。その嘴は鋭く、体当たりも同然の突っ込みで獲物を貫き、仕留める。


 翼を広げれば一メートルを超える肉食の鳥が突っ込んだのは――


「コレル!」


 高速で飛来する速度は矢の如し。だが当たるかに見えたダイブを、コレルは脇腹に先端を通すように回避。そのまますれ違いを許さず、ヘッドロックするようにホーンバードを捕獲した。


 地面に倒れこむコレルとホーンバード。さすがに勢いまでは殺せなかったらしい。


「ウメルカ! ウメルカ!」


 バタバタと翼を広げようともがくホーンバードを、コレルは必死にホールドする。


「ソウヤ!」

「おう!」


 ソウヤは駆けつけ、ホーンバードに触れて『収納』した。


 格闘したコレルは、荒れている呼吸を抑えている。視線が合い、ソウヤは聞いた。


「今のはウメルカで間違いないか?」

「ああ、ウメルカだ。間違いない」


 ありがとう、とコレルが立ち上がった。ソウヤは頷いた。


「あとはクレルだけだな」


 ギガントコングのクレル。見た目は角のあるゴリラであり、その姿はこの辺りで見かけるとすれば、非常に目立つだろう。


「なあ、コレルよ。前も思っていたんだが……」

「何だ、改まって」

「角のあるゴリラって、ゴリラと言っていいのか? オーガの類じゃないか」


 大鬼じゃないかと思うソウヤである。そもそも元の世界では、ゴリラに角なんてなかった。


「ソウヤ……」


 コレルは哀れむような目を向けた。


「あんな毛むくじゃらのオーガがいるわけないだろ!」


 確かにそうではある。大鬼とゴリラを比べた場合、体の大きさを除けば人間に近いのは大鬼のほうだ。


 体のつくりが似ている大鬼に対して、ゴリラはもう姿勢からして違う。大鬼とゴリラを並べても、角の有無関係なく別種だった。


「角のあるなしで、判断しちゃあいけないってことだな」


 反省するソウヤ。人間にはないが、角を持っている生物は多い。鹿だってドラゴンだって、角はあるのだ。


 そうこうしているうちに場は制圧された。やはりと言うべきか、ギガントコングの姿はなく、捜索は続行である。


 この後も数度の魔獣との遭遇はあったが、目当てのクレルを発見することはできなかった。



  ・  ・  ・



『夜はコングは寝ている』


 コレルの解説を受け、捜索隊はゴールデンウィング二世号に戻り、休息をとった。


 上にいたライヤーたちも観測をしてみたが、靄のせいでうまくできなかったそうだ。


 イリクら魔術師たちは、覚えたての使い魔を使った偵察をやったらしい。


「申し訳ない、ソウヤ殿。こちらもまだギガントコングは見つけられませんでした」


 イリクが代表して報告してくれた。


「明日も頼みます」

「わかりました。見つかるといいですな」


 そう言葉を交わして、ソウヤはアイテムボックスハウスへ向かった。


 コレルやレーラ、仲間たちとゾロゾロと移動。アイテムボックスに収容した汚染魔獣の回復処置を行う。


 ジンが魔法の囲いを作って言った。


「ソウヤ、まず適当な1頭で実験しよう。それで治療ができるか確認する」

「わかった」


 ソウヤはアイテムボックスの時間経過無視空間内にあるそれのリストを眺める。


「なあ、爺さん。死体も回収してあるけど、これどこかに出して様子を見ないか? ここに入れたまんまだと、復活できるかわからんし」

「そうしよう」


 別の囲いを作るジン。コレルの従魔探しの件は銀の翼商会全員の知るところであるせいか、ギャラリーの姿もチラホラ。当然の如く、イリクも見守っている。


 汚染魔獣の死骸を囲いの中に置く。死体なので、当然動くことはない。……今のところは。


「うーわ、マズそうな肉」


 そう言ったのは、最近加わった元盗賊の料理番ナールだった。


「さすがにこれは料理に使いたくないわ……。見ろよ、あの紫色――」


 しーっ、と近くにいた魔術師から、黙るように言われるナール。


「へいへい、お肉はお呼びじゃないってか」


 その間に、ソウヤは本命の囲いに捕まえたワイルドウルフを出した。すぐにジンが魔法の蓋をしたので、汚染狼は出てこれなくなる。


 だが暴れる。


「ひぇー、元気がいいなぁ。おっかな」


 首をすくめて退散するナールをよそに、レーラが囲いに近づいた。


「では、やってみます」


 聖女が祈るように目を伏せた。するとしんと静寂が訪れる。目に見えないはずなのに、レーラから癒しの波動のようなものを感じた。


 囲いの中で汚染狼が暴れる。苦しいようでその場でグルグルと回るようにのたうっている。


「大丈夫か、これ……?」


 ソウヤは不安になった。だがジンは腕を組み、平静を保っていた。


「何かの作用があるのは確かだ。でなければ、ああはならんだろう」


 じっと様子を見守る。すぐには効果が出ないように見えたが、5分もすると目に見えて変化が現れた。


 大人しくなってきたのはもちろん、紫がかった体の色が変わってきたのだ。そして10分も経つと、すっかり普通のワイルドウルフの姿になっていた。


「爺さん、鑑定」

「……大丈夫だ。汚染はない」


 鑑定魔法が使えるジンが断言した。周囲に安堵が広がる。一番ホッとしたのは、言うまでもなくコレルだろう。


「レーラ、お疲れ様。大丈夫か?」


 ソウヤが労えば、レーラはふぅ、と小さく息をついた。


「何とか。でも、これほど長い集中は久しぶりです」

「10分くらい、かけっぱなしだったもんな。とりあえず休んで」

「でも、まだコレルさんの――」

「レーラ、無理しないで。本番は明日でいいから」


 当のコレルが言った。


 本当は早く自分の魔獣たちを助けたいと思っているのだろうが、今は助けられそうというのがわかっただけで充分だったのだ。

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