第405話、そのトカゲ人。戦士であり術者でもあり


 フラッドは、リザードマンである。


 この世界に棲む亜人種族はさまざまであるが、トカゲ人――リザードマンも、そのひとつだ。


 ただし、リザードマンと一口に言っても種類もまた多い。肌の色、体の大きさ、角の有無など外見に違いがあって、その言語も複数あるという。


 そして非常に面倒なことに、リザードマンは魔族に含まれる種とそうでない種が存在する。


 フラッドは後者のリザードマンである。


 緑鱗のリザードマンは、古い時代より人間と交流があり、紫、赤、黒、灰、黄土色など魔族種や敵対種とは異なって温厚だった。


 とはいえ、その見た目から魔族ではないかと差別されたり、小さな規模での衝突は少なからずあった。


 魔王率いる魔族の侵略では、無関係にも関わらず偏見や差別にもさらされている。


 そういう経緯もあって、魔王を討伐する勇者パーティーには、人間にも友好的なリザードマン種族を代表して戦士が送り込まれた。


 それがフラッドである。


 身長2メートルほど。人間と比べると長身であるのだが、種族特有の猫背のせいで、もう少し背が低く感じられる。


 体躯はリザードマンの常として、がっちりしており。一見するとパワーファイター。事実、戦士なのだが、これに加えて生物の魂を呼び出したり、召喚術が使えたりと、魔法面にも優れていた。


 ソウヤはこの世界の常識や偏見に疎かったから、友好的なリザードマンを受け入れるのも難しくなかった。


 それは彼の友好的ドラゴンとの接し方を見ればわかるが、個人的にはフラッドとも友情を育んでいた。


「……なるほど、某は十年も眠っておったわけでござるな」


 ずずっ、と冷たいお茶をすすり、ホッとフラッドは息をついた。


「すまんな、目覚めさせるのが遅くなって」

「なんのなんの、ソウヤ殿も某と同じく十年眠っておったというではござらんか。皆も同じ。某はひとりではござらんよ」


 実に前向きなコメントだった。元々フラッドは大らかな性格ではあり、他人に攻撃的発言をすることはほとんどない。


 それに一部を除いて、仲間たちの姿が当時と変わっていないから、案外受け入れられたのかもしれない。これで全員姿が変わっていれば、独りぼっち感が強くなっていたかもしれない。


「魔王は討伐された。……いやはや、さすがソウヤ殿と仲間たち! 最後までお供できなかったのは残念でござるが、それで世界が救われたのなら、悔いはござらん」

「だが、今も魔王の残党どもが動いている」


 カマルは渋い声を出した。


「まだまだ平和とはいかんよ」

「ならば、まだ仕事は終わっていないでござるな」


 フラッドは、パンと自身の膝を叩いた。


「魔王軍の残党退治には、このフラッド、今度こそ最後までお供するでござるよ」

「ああ、歓迎するぞ、フラッド」


 ソウヤは相好を崩した。またひとり頼もしい仲間が帰ってきた。


「これでアイテムボックスに収容されていた組は、全員が復活したわけだ」


 最後まで意識不明のままだったフラッドである。レーラの聖女パワーで傷を癒やしたが、おそらく呪いの残滓がなくなるまで時間がかかったのだと思われる。個人の問題なのか、リザードマンという種の問題かはわからないが。


 カマルは眉間にしわを寄せた。


「完全復活とも言い切れないがな」

「コレルだな……」


 カーシュが頭をかけば、ダルも頷いた。


「彼の精神は今だ癒えず、ですね」

「おう、それそれ」


 フラッドが顔を前に出した。


「コレルの魔獣の子供をどうこう言っておったが、どういうことでござるか?」

「実はな――」


 カマルが説明した。コレルが相棒である魔獣たちを失い、生きる気力を失っていること。何とか彼を復活させたいと考えていることなどなど――


 それを聞いたフラッドは「なるほど」と頷いた。


「コレルの使役していた魔獣たちが生きているかどうかを探すのでござるな?」

「正直、可能性は低いと思う」


 カーシュは真面目な顔をする。


「手がかりがないからね」

「あるでござるよ」


 フラッドは言った。ソウヤたちは目を丸くした。


「あるのか?」

「左様。某が、その魔獣たちの魂を呼び出せばよいのでござる」


 ポンと胸を張るフラッド。


「魂を呼び出す?」

「フラッドは降霊術みたいなものが使えるんでしたね」


 ダルが視線を向ければ、フラッドは頷いた。


「その探している三頭の魂を呼び出す。それで出てくれば死、現れなければ生存の可能性あり、でござる」

「可能性あり、とは?」

「必ずしも魂を呼び出せるとは限らんからでござる」


 フラッドは舌をチロチロと覗かせた。


「死んでおっても魂が残っていない場合は、出てこないのでござる」

「……そうなると厳しいんじゃないか」


 カマルが慎重に言った。


「あれから十年も経っているんだ。コレルの魔獣たちの魂も残っていないかもしれない」

「確かに。だが、十年程度で完全に痕跡が消えるというものでもござらん。その欠片なり残っている可能性があるから、生死の有無の確認はできるでござるよ」

「となると、現場に直接乗り込んだほうが正確になるってことか」


 ソウヤは言った。カーシュは首を振る。


「結局、行かないとわからないのか」

「確実性が上がるという話でござるよ」


 フラッドは楽しそうだった。


「呼び出す魂と関連深い品があれば、ここでも呼び出せるでござる。うまくいけば」

「なら、早速やってもらっていいですか?」


 ダルは立ち上がった。


「おそらく、コレル君は使役する魔獣に関係した品を持っているはず。ここでやってみせて、それで彼を外に引っ張り出しましょう!」


 呼び出せない可能性があるがやってみる。やっぱり出てこなかった。つまり生存の可能性が――という展開に持って行きたいのだろう。


 最悪なのは、魂が出てきて死亡確実とわかってしまうことだが……。


「まあ、やってみる価値はあるよな」

「承知。では腹も膨れたので、さっそくコレルのもとに行くでござるよ!」


 フラッドはやはり楽しそうだった。人の役に立てることなら、機嫌よく引き受けてくれるのが、このリザードマンの美点であった。

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