第332話、関係は深まった


 アイテムボックスハウス近くの練習場。ソフィアが魔法を使い、それをイリクが見つめていた。


「大したものだ。腕を上げたな、ソフィア」

「お父様……。なによ、褒めても何もでないわよ」


 照れているのか、そっぽを向くソフィアだが、イリクは真顔のまま言った。


「いや、ここでお前の魔法をいくつか見たが、一族の者と比べれば、その能力の高さが際立つ。魔力量の多さ、そのコントロール……さすが母さんと私の子と鼻が高い」

「そう……」


 ソフィアは微妙な表情になる。褒められて嬉しいのだが、素直に喜べない。イリクも神妙な顔になる。


「……やはり、一度謝った程度では、整理はつかんか」

「まあ、見てくれなかった、突き放された、放置されたって、色々思うところはあるわ」


 子供の頃から、魔法が使えないという理由で見向きもされなくなった過去。ソフィアはしかし首を横に振った。


「でもね、よくよく考えてみると、あなた達ばかりが悪いとも言いきれないかなって」

「というと……?」

「私も、逃げてた」


 魔法が使えないこと。両親は期待し、その期待に応えられなかった現実。


 どうして私は魔法が使えないの?


 本もいっぱい読んだし、呪文も覚えた。新しいローブや杖を買ってもらって、頑張るぞと奮起した。


 でも、やはり魔法が使えなかった。


 自分に才能がないから? いや、君には才能はあるんだ――そう、イリクも母も言ってくれていた。


 だがいつからか、距離ができた。両親は離れていった。いや、遠ざけたのは、ソフィア自身にもあったのではないか。


「リアハが……友だちが言ったの。『あなたは、お父さんに魔法を見せるのを怖がっている。そうやって見せないように、自分から引きこもったんじゃないのか』って。逃げてたのは、私のほうだった」

「……」

「お父様もお母様も、そっとしておいてくれたのよね」


 だから、ありがとう――ボソリと小さな声だった。ソフィアの呟きにも似た声を、かろうじてイリクは拾った。


「いや、私は駄目な父親だ。結局のところ、お前に寂しい思いをさせたことには変わりない。すまなかった」


 イリクは頭を下げた。そっぽを向くようにソフィアは、視線を逸らした。


「まったく……素直に受け取りなさいよ。私は、お父様にも『お前は凄い娘だ』って喜んでいて欲しいんだから……」

「お前は凄い娘だ」

「だーっ、いまそれ言うの禁止! 小っ恥ずかしいじゃない!」


 ソフィアは涙が出てきて、笑いながら泣くという自分でもよくわからない表情になっていた。


 だが、嬉しかった。尊敬する父親に、成長した自分と魔法を見せることができて、それを認めてもらえるのが。


 夢焦がれ、諦めずにいた思いが叶い、ソフィアは確かな幸せを感じていた。


 飛び出してよかった。銀の翼商会と出会って、師匠たちに教えてもらえて。


 だからこそ、許せないものもあった。


 ソフィアに呪いを施した人物を。彼女を貶めようとしている従姉妹のセリアを。



  ・  ・  ・



 エンネア王国王都に到着したゴールデンウィング号。


「大変お世話になりました、ソウヤ殿。ここでの経験は、数日ながら数年分にも等しい濃厚な体験となりました」


 イリクが礼を言った。ソウヤは手を差し出した。


「報告については、お手柔らかに」

「善処しましょう。……ですが、王陛下のことですから、おそらく――」


 握手を交わすイリクだが、ソウヤは苦笑する。


「まあ、そうでしょうね」


 アクアドラゴン、潜水艦――王だけでなく、姫殿下もかなり気にするだろう。


「それはともかくとして、これからが大変ですよ。グラスニカ家にとっては」

「ええ、セリアの件もありますし、ソフィアに呪いを施した者の正体も探らねばならない」

「オレたちも手伝いますよ。ソフィアは、銀の翼商会の仲間ですから」

「はい。まだしばらく娘がお世話になりますが、よろしくお願いいたします」


 イリクは穏やかに微笑んだ。初めて会った時と比べると、かなり柔らかくなった印象を受ける。真面目な堅物というイメージが強かったのだが。


「また後で、お屋敷のほうへお邪魔させてもらいます」

「はい、お待ちいたしております。妻も、ソフィアの成長した姿は喜ぶでしょう。ではまた後で」


 そう言い残して、イリクは王城へと戻っていった。


 ソウヤは船に残り、しばしの休息を取る。


「お疲れ様でした」

「やあ、レーラ。ありがとう」


 お茶を用意してくれたので、それを飲んでのんびりとする。


「ソフィアは見送りもせずに、トレーニングか?」

「ええ。魔法大会にエントリーしてますから、大活躍するつもりで張り切ってますよ」


 張り切っている――父親との交流は、ソフィアにとって相当うれしかったのだろう。


「でも見送りくらいすればいいのにさ。イリク氏も娘が顔を見せないのは寂しいだろうに」

「今夜、イリク様のお屋敷へ行くではありませんか。ソフィアさんだって、そこでイリク様と顔を合わせるわけですし」

「そりゃ、そうなんだけどさ」


 すぐにまた会うから――もし、銀の翼商会がすぐに王都を離れる、なんてことだったら、ソフィアも素直に父親を見送っていたのかもしれない。


 ソフィアは、魔法が使えるようになり、その能力を父親に認められた。最初に、銀の翼商会に加わった時の目的は果たされたわけだ。


 このまま家に帰っても問題はないのだが、彼女は銀の翼商会にしばらく残る選択をした。ソフィア曰く――


『ミスト師匠とジン師匠から、まだまだ魔法を教えてもらいたいもの』


 ……これだけ聞くと、魔法バカと称された父親と同類であるが。


『世界を旅して修行?っていうか。リアハ……友だちとも一緒にいたいし』


 仲間思いの面もあるようだ。


「だが本当に友だちだけかな」

「ソウヤさん?」

「いや……ソフィアが残ったのって、恋愛事情もあるんじゃないかって思ってさ」


 セイジかガルか。ソウヤは他人の恋愛に深く突っ込まない性分だから知らないが、初期の頃は、結構年頃の娘らしく異性を気にしていたようだった。


「セイジ君は、ソフィアさんに気がありますよね」


 レーラはニコニコと言った。


「でもガルさんは、そういうところないですからね」

「何気に俺より詳しい?」


 最近までアイテムボックス内に収容されていたはずのレーラが意外に知っていて、ソウヤは驚いた。


 レーラは微笑んだ。


「周囲を観察することは得意ですから」

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